2021.02.09 (Tue)

いまさら聞けない働き方改革のイロハ(第9回)

働き方改革を実現するための企業の具体的な取り組み

 働き方改革が叫ばれて久しい今日、その実施にはさまざまな課題があります。実際に改革を行って成功を収めている企業の取り組みを理解し、それを参考にすることは、より良い働き方改革を推進していくことに役立ちます。本記事ではまず働き方改革に含まれる施策を確認したうえで、6つの企業の個別的でユニークな取り組みについてみていきます。

働き方改革によって変わること

 少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少や労働者のニーズの多様化を背景として、個々の事情に応じた多様な働き方が選択できる社会を実現するために、2019年4月から働き方改革関連法案が順次施行されました。

 労働時間の是正と正規・非正規間の格差解消、多様で柔軟な働き方の実現を3本の柱とする働き方改革。まずはこれら3つがどのような方策で実現されようとされているかについて解説します。その後に、各企業がどのように改革に取り組んでいるのかについて見ていきましょう。

労働時間の是正

 令和2年版過労死等防止対策白書によれば、自殺者のうち勤務問題をその原因の1つとする人数の割合は2019年で9.7%でした。これは平成19年以降で最大の値であり、勤務問題が日本で大きくなっていることがわかります。

 この現状に対し、働き方改革によって時間外労働に上限が設けられました。原則として月45時間、年360時間までしか働くことができず、これに違反して残業させた企業には「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という罰則が科されることになりました。

正規・非正規間の格差解消

 罰則規定はありませんが、正規社員と非正規社員との仕事内容が同じで能力や成果も差がない場合、企業は両者の賃金や手当を同水準にすることが求められるようになりました。これは「同一労働同一賃金」と呼ばれ、非正規社員の働きがいの上昇や、社会の非正規社員に対する認識の変革につながります。企業にとっても人材の定着率の向上が見込まれるでしょう。

 総務省統計局の労働力調査によれば、2019年の非正規社員の数は2165万人で、前年から45万人増加しています。非正規の職についた理由として最も多いものは「自分の都合のよい時間に働きたいから」であり、次いで「家計の補助・学費などを得たいから」、「家事・育児・介護等と両立しやすいから」、「正規の職員・従業員の仕事がないから」と続きます。このようにどのような事情・背景を持つ労働者でも働きやすい社会の実現のために、正規・非正規の格差解消は非常に重要なポイントです。

多様で柔軟な働き方の実現

 働き方改革では、多様な労働形態を選択できる環境の実現のため、3つの方策を施行しました。フレックスタイム制の拡充、勤務間インターバルの導入、高度プロフェッショナル制度の導入です。

 フレックスタイム制とは、企業ではなく従業員が自ら自分の始業時刻や労働時間を決定できる制度です。これにより、育児や介護をする必要のある従業員も時間の調整ができて働きやすくなったり、通勤ラッシュや残業といった勤務負荷・労働負荷から解放されたりといったメリットが得られると考えられます。さらに働き方改革ではこの制度の実施にあたり、精算期間(フレックスタイム制で労働者が自分の労働時間を決定する期間のこと)が1カ月を超えているにもかかわらず労使協定を届出しなかった場合、「6カ月以内の懲役または30万円以下の罰金」を企業に科すように定めています。

 勤務間インターバルとは、前日に終業してから翌日に始業するまでに一定時間の休息をとることを指します。確保された休息時間により、従業員は生活時間や睡眠時間を十分にとることが期待できます。この制度は努力義務であり、未導入に対する罰則はないものの、ワークライフバランスの実現や労働生産性の向上、魅力的な職場の実現と人材の定着といったメリットが考えられるため、導入することは雇用者・従業員の双方にとって有用でしょう。

 高度プロフェッショナル制度とは、年収1,075万円以上で専門的かつ高度な職能をもつ従業員は、労働時間ではなくその成果で評価をするという制度であり、効率を追求することによる生産性の向上や無駄な残業代の削減といった目的があります。これにも罰則は設けられていませんが、長時間労働の改善や成果主義への転換が見込まれる制度であり、積極的に導入することで多くのメリットが得られるでしょう。

働き方改革の個別の成功例

 ここまで働き方改革を通して施行されている施策についてみてきました。では、働き方改革によって要請されるさまざまな事例に対し、各企業は実際にどのような方策によって対応しているのでしょうか?ここまで見てきた改革の目的を念頭に置きながら、ここでは6つの企業についてその独自の取り組みをみていきます。

事例1:ソフトバンク「スーパーフレックスタイム制」

 通信会社大手のソフトバンクが導入しているスーパーフレックスタイム制とは、従来のフレックスタイム制において設定されていたコアタイム(必ず勤務しなければならない時間帯)を撤廃し、各従業員が完全に自由に自分の業務状況に応じて最も効率的な始業時刻・終業時刻を設定できるようにした制度です。子育てや介護で時間の調整が難しい従業員や、身体障害がありリハビリや通院が定期的に発生する従業員に利用されており、より自由に働ける環境であると非常に高い評価を受けています。

 そのほかにも、毎週最終金曜日の15時を退社奨励時間とする「プレミアムフライデー」や、週に1日定時退社を推奨する「定時退社Day」も設定されており、社内スローガンである「Smart & Fun!」が達成されるようなスマートでクリエイティブな改革が取り組まれています。

事例2:花王「時間単位の有給取得制度」「退社時刻宣言」

 半日休暇を取得しても数時間以内で用事が済んでしまうことが多いという声から、化学メーカー大手の花王は「時間単位の有給取得制度」を導入しました。これは、年次有給休暇のうち5日間は、子の看護休暇と家族の介護休暇について1時間単位で取得できる制度であり、私事都合と両立できる、より柔軟で個別的な勤務時間の設定が可能となりました。

 メリハリのある働き方の実現のための職場の意識啓発の一環として、「退社時刻宣言」も実施されています。これは、職場のホワイトボードや勤怠管理ソフトに退社時刻を明示するというもので、その日の勤務に対するメリハリが自分の中に生まれるとともに、ほかの従業員に対しても労働時間を意識させる効果が期待できます。そのほかの意識啓発として、従業員が応募したワークライフバランスについての標語ポスターを全国の花王グループの拠点に掲示したり、育児休業取得に向けた啓発リーフレットを配布したりといった活動に取り組んでいます。

事例3:富士通「Work Life Shift」

 新型コロナウイルスによって人々の暮らしが「ニューノーマル」への適応を迫られる中で、電気機器メーカー大手の富士通は新しい働き方である「Work Life Shift」に取り組み始めています。これは、最適な働き方を実現するSmart Working、働く場所を自由に選択できるBorderless Office、新たな企業文化を創るCulture Changeの3本柱からなっています。

 「Smart Working(最適な働き方の実現)」の具体例として、一部の従業員のみに適応されていたコアタイムのないスーパーフレックスを全従業員に適用すること、単身赴任を解消していくこと、在宅テレワークのための環境整備のために全従業員に月額5000円の手当を支給すること、全従業員にスマートフォンを配布することで、場所にとらわれないコミュニケーションや業務遂行を可能にして業務効率化をはかることなどがあります。これらは全て、多様なライフスタイルに応じて時間や場所をフレキシブルに活用できる働き方の実現が目的となっています。

 「Borderless Office(オフィスのあり方の見直し)」の具体例として、オフィスをハブオフィス・サテライトオフィス・シェアードオフィスの3つに区分することがあります。主要拠点であるハブオフィスでは、社内外のコラボレーションや情報発信、最新テクノロジーの実証など、組織を超えたコミュニケーションが交わされる場として設定されています。従業員が多く住むエリアの近くに設置が拡大しているサテライトオフィスは、多くの従業員が気軽に活用できるような自宅最寄りのオフィスとして機能しており、ハブオフィスとつながりつつ同様の環境を有した働きやすい拠点として活用されています。都心や郊外の駅前にすでに180以上設置されているシェアードオフィスでは、デスクワークやチームメンバーとのミーティング、自宅で業務に集中できない場合に利用される施設で、短時間の利用を中心に活用されています。これらは従来当然とされてきたオフィスへの出社の概念を変え、個別的な業務内容にあった働く場所を選択できる勤務形態の実現を目的としています。

 「Culture Change(社内カルチャーの変革)」の具体例として、派遣社員や請負社員にも富士通のパソコンの付与といったテレワーク勤務環境を提供することや、定期的にストレス診断やパルスサーベイ(短期間に繰り返し行われる簡易的な調査)を実施すること、業務の質改善のため、AIを用いた業務内容の可視化・分析によって現状の働き方の課題を抽出することなどがあります。これらは多様な働き方の支援や従業員一人ひとりの状態の把握により、働き方を最適化することを目的としています。

事例4:メルカリ「リラックス休暇」「Sick Leave」

 フリーマーケットアプリを提供するメルカリは、夏季や冬季などに限定せず、自由なタイミングで年に3日間の休暇を取得できる「リラックス休暇」や、従業員が病気や怪我によって働くことが困難になった場合に有給休暇とは別に年10日間の休暇を付与する「Sick Leave」システムなど、さまざまなワークスタイルに即した取り組みを行っています。

 新型コロナウイルス感染症を受け、より柔軟的な働き方ができるようにフルフレックス制度を導入したり、書籍執筆やエンジェル投資といった副業を推奨したりする取り組みも行い、個人が自分の力を最大限に発揮できるような労働環境の実現をサポートしています。

事例5:ソニー「働き方改革アクションプラン」

 電気機器をはじめさまざまな事業を手がけるソニーは、働き方改革の実施のために具体的なKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指数)を設定し、客観的かつ論理的な数字をもってその実現をめざしています。

 例えば労働時間の是正については、「ノー残業デー実施率70%以上を維持」「超勤月80時間超の撲滅」などのKPIを設定するとともに、深夜帯勤務削減の再徹底や深夜帯および休日における上司から部下へのメール・電話の禁止に取り組んでいます。年休の取得促進については「年間平均の年休取得を16日以上とする」、柔軟な働き方の促進については「テレワークを活用する従業員の割合を全体の50%以上とする」といったKPIを設定しています。

 このようなKPIを設定することで、働き方改革の目標達成に向かって順調に進むことができているかどうかを客観的に把握することができ、組織全体が一丸となって改革に取り組んでいく機運が高まります。

事例6:電通:「バイタリティデザインプロジェクト」

 大手広告会社の電通は2016年から、前年に同社の女性社員が過労自殺したことや、その後の労働基準法違反での是正勧告を受けて、労働環境改革が進められています。そのうちの一つが、「従業員一人ひとりがいきいきと前向きに仕事や生活ができること」をめざした「バイタリティデザインプロジェクト」です。

 例えば電通の社員は毎朝、「最近、睡眠状態はどうですか?」「最近、職場で思いやりをもって接していますか?」「最近、毎日の生活満足度は、どうですか?」といった質問に対して6段階の絵文字で答えることが求められています。これは「バイタリティスコア」として記録され、自身の健康状態を把握することができます。そのほかにも、36(サブロク)協定超過者ゼロの継続やタイムマネジメントダッシュボード導入による勤務実態の可視化、全国20カ所へのサテライトオフィスの設置や常勤の精神科産業医の配置など、多様な施策を実施しています。

企業の取り組みを参考に改革を進めよう

 過労死の問題が拡大していることや非正規社員が増加していること、働き方が多様化している現在、働き方改革に取り組むことは大きな意味を持ちます。もちろん、その施策の実施にはさまざまな問題や課題があります。無条件に働き方改革を推進することで結果的に自社の利益が減少してしまったり、改革案の施行によって事務職やエンジニアといった一部の職種にしわ寄せがきてしまったりしては本末転倒です。

 そのような観点から見ても、実際に改革に取り組んである程度の結果を得られている企業を参考にすることは大いに有効です。現状に応じた現実的な対策を考えていくためにも、さまざまな働き方改革の事例を調べてみてください。

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