移動スーパーが、過疎地や離島だけでなく、東京など都心でも快走している。その名は「とくし丸」。創業から10年、約1000台の移動スーパーが全都道府県を走っている。全国で約15万人におよぶ"買いもの弱者"を救いながら、究極の地域密着を果たし、なじみの客がいつ何をどれくらい買うかまで把握する。食品以外のサービスも視野に入る。とくし丸(徳島市)社長の新宮歩氏に、移動スーパー快走の舞台裏を聞いた。
「1日も早く『買いもの難民』という言葉をなくしたいと思っています」
とくし丸ってどんな存在ですか、と問えば、同社社長の新宮歩氏はこう答えた。食料品など生活必需品を、とくし丸という名の軽トラックに乗せ、お年寄りが暮らす場所まで届けていく──。
このビジネスが今、多くの高齢者に支持され急成長している。これだけスーパーやコンビニエンスストアが多くある、東京の新宿区や品川区などでも需要が高いというから、驚きだ。
これを実現するビジネススキームは少々複雑だ。とくし丸本部、地元のスーパー、販売パートナーが連携することで、顧客に商品を届けている。「BtoBtoBtoCという構図なんですよ」と新宮氏は説明する。
販売パートナーは、地域スーパーの商品を借り受け販売を代行する。仕入れをして売れ残るリスクを負う必要がないのが特徴だ。また、地域スーパーとしても、顧客の掘り起こしにつながるため、双方にメリットがある。
「顧客の9割が78歳以上で、75歳以上でみると95%以上になります。いわゆる後期高齢者向けのサービスとして評価いただいています。運転免許を自主返納された方や、足腰が弱って重いものを持って歩けない、といった人たちに喜んでもらっています」と新宮氏は語る。
こうした高齢者が住んでいるのは、地方の過疎地ばかりとは限らない。都市部でも同様の問題は起きているという。
「新宿区や品川区でも、とくし丸は走っています。国の調査でも買いもの弱者が数百万人にのぼるという報告がありましたが、実際、全国どこにでも買いものに困っているお年寄りはいると日々実感しているところです」
販売パートナーの人間力が質の高いサービスを生む
販売パートナーは基本的に週に2回、決まった曜日に商品を届ける。「前に買ったあれが美味しかった」「今度はこれが食べたい」といった会話から、販売パートナーは顧客のニーズを読み取り、次の品揃えに反映する。
「こうした密な会話から、いかに顧客の気持ちに寄り添うサービスを提供できるかが鍵となります。顧客の生活環境やお困りごとを把握しやすいポジションにあると思っています」と新宮氏は説明する。
多くの高齢者の支持を得て、トラックの台数も増え、創業から10年で1000台ほどに成長した。47都道府県でサービスを展開している。ただし、大半の買いもの弱者をサポートするには4000から5000台が必要になる計算だという。今後の見通しを新宮氏は次のように語る。
「1000台はあくまで通過点だと考えています。高齢者の家族からも『母のところにも行ってもらえないか』という声も多くもらいます。関係者と協力し合いながら今後10年ぐらいのスパンで、買いものに困っている方をゼロに近づけていきたいと思っています」
販売パートナーの人間力
成長を支える質の高いサービスを展開できるのは、販売パートナーの人間力の凄さだと新宮氏は語る。さらに、これをデジタルの力で支援できないかと考えているという。
「今、顧客データを管理できるアプリを開発しています。データのサポートがあれば、販売パートナーは、より顧客一人ひとりに向き合う時間が増えるでしょう。今後、デジタル活用はとくし丸がさらに拡大する上で重要になると考えています」
とくし丸の事業に魅了され、創業者を説得
新宮氏がとくし丸と"出会った"のは2014年ごろのことだった。とくし丸は住友達也氏が徳島で創業した会社である。ある日、テレビのニュース番組を見ていると、高齢者へ食料品などを軽トラックで届けてまわる様子が映し出されていた。「これだ」。
新宮氏が所属していたオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)は食品をオンラインで販売する会社である。当時、高齢者向けサービスを模索しているところだった。
「オンライン販売なので、ある程度のITリテラシーが求められるし、それをそのままシニア向けサービスにするのは難しいだろう」。そう考えていたところに、とくし丸である。「今の時代に、こんなアナログなビジネスがあるのか」。そう新宮氏は衝撃を受けた。
オイシックス社長だった高島宏平氏も興味を持ち、2人で、徳島の住友の元を訪ねた。軽トラックに同乗し仕事を体験させてもらったところ、そこでも新宮氏は驚いたという。
おばあちゃんたち、声を出して笑いながら買いもの
「おばあちゃんたちがみんな声を出して笑いながら、買いものをしている。本当に顧客を幸せにしているんだな」。新宮氏はそう思った。オイシックスの、顧客に幸せな食卓を提供しよう、という考え方にまさに合致するものだった。「この事業を一緒にやりたいですね」。髙島と意見が一致していた。
住友氏も、とくし丸を全国展開するには、次のフェーズが必要だと感じていた。自分達だけで拡大させるのは難しい。そう感じていたタイミングでもあった。新宮氏は、とくし丸を手伝いながら、この事業への思いを住友氏に伝え続けた。そして16年、とくし丸はオイシックスの傘下に入ることになる。
住友氏はこう言ったという。「楽をしない会社とがんばりたかった」。もともとオイシックスは、地道に一軒一軒の農家を回りながら、互いの関係を深めたうえで、それを販売するスタイルをとってきた。こうした汗のかき方を住友氏は評価したのだろう。
100人いれば、100通りのやり方がある
オイシックス・ラ・大地は食品宅配のサブスクリプション型サービスをデジタルの力を使って最適化して成長してきた。一方、とくし丸は訪問型販売のサブスクリプションサービスをアナログな人間力で最適化する。
「形は違えど、世界観は一緒だと思っています。ただ、ビジネススキームが違うので、かなり勉強する必要がありました」と新宮氏。販売パートナーにはそれぞれ独自のルールや考え方がある。「100人いれば、100通りのやり方がある」。それらを生かしながら、どう効率化、標準化していくかは大きな課題だった。
規律があるから自由がある
「独自の良さを残しつつも、規模をさらに大きくするためには、ある程度の規律が必要だと考えています。工夫と好き勝手の違いを見誤らないようにしなければなりません。『規律があるからこその自由』というのがこれからのコンセプトになるでしょう」
とくし丸は、今や、約15万人の高齢者コミュニティに対するサービスインフラとなっている。今後は買いもの以外にもサービスを広げようと検討を重ねている。
買いもの以外の高齢者向けサービスも
「買いものに困っている方は、それ以外のことにも困っている場合が多い。調理が怖くてできず、食事が乱れてしまう。食事が乱れている方は外出もあまりしません。すると、友達にも会わないので洗濯も後回しになってしまう。以前できていた生活を維持することが難しいという方は、思った以上に多いのです。自治体などと協力しながら、こうした問題の解決に向けて挑戦していきたいと思っています」
持続可能な社会への関心が高まっている今、とくし丸の事業はまさにそれを体現するものだ。今後、とくし丸が担うべき役割について、新宮氏は次のように語る。
「やれることは多いと思いますが、一番の目的は『地域の問題を地域の中で解決し続けること』です。都市部への一極集中も問題になっていますが、販売パートナーの仕事は、地元へ戻る人たちの雇用の受け皿としてもお役に立てるでしょう。多様な働き方がある中で、地元を大切にしたい人がその気持ちを大事にしながら働ける環境を提供できればと思っています」
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