北海道発祥の小売り企業が、売上高1兆円の大台に迫っている。その1社、ツルハホールディングスは積極的な新規出店と合併・買収(M&A)を企業成長の源泉として、競争激化のドラッグストア業界で1位に肉薄する勢いだ。2020年6月に社長となった鶴羽順氏にとって、2021年5月期決算は初めての“通信簿”。連結売上高は9193億円で前期比9.3%増、連結営業利益は483億円で同7.5%増との結果だった。店舗のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも積極的な鶴羽氏によれば、「デジタル化の目的は個人商店に戻ること」と言う。どういう意味か。初めての動画インタビューで、その真意を語った。
ツルハホールディングス
代表取締役社長
鶴羽 順 氏
北海道を発祥として、全国規模で事業展開する小売り企業が元気だ。ニトリホールディングスは、ホームセンタ-の島忠の買収に成功し、来年2月期に連結売上高8736億円を見込む。一歩先ゆくツルハホールディングスは今年5月期に連結売上高で9193億円と、1兆円に“王手”をかけた。
売上高1兆円、目標を1年前倒しで

売上高1兆円、全国の店舗数3000店──。それを2024年5月期に達成すると表明してきたツルハホールディングス。社長になった鶴羽順社長に、それは可能かと問えば、「店舗数は少し足りないかもしれませんが、売上高の方は1年前倒しでの実現が可能かもしれません」と答えた。確かに、足元の業績は好調だ。
そうした勢いを支えるのは、積極的な合併・買収(M&A)である。現在主要な事業会社は7社で、うち6社が買収によってグループ入りしている。07年に千葉県のくすりの福太郎を子会社化し、続いて09年には島根県のウェルネス湖北、13年には広島県のハーティウォンツ、15年には愛媛県のレデイ薬局、17年には静岡県の杏林堂薬局、18年にはビー・アンド・ディー、そして昨年、福岡県のJR九州ドラッグイレブン(現ドラッグイレブン)を子会社にしている。なおハーティウォンツとウェルネス湖北は15年に合併し、現在の社名はツルハグループドラッグ&ファーマシー西日本(TGN)となっている。
結果、全国で40の都道府県で店舗を構える体制を整えた。特徴は、買収先の状況に応じて屋号を変えたり、あるいは残したりする柔軟な対応である。資本の力による統制というより、緩やかな連邦経営とでも表現しようか。
福岡で「ドラッグイレブン」の屋号はあまりに有名
日経BP 総合研究所 主席研究員
杉山 俊幸
鶴羽氏は言う。「福岡では『ドラッグイレブン』の屋号はあまりに有名で、JR九州ドラッグイレブンは子会社化したけど、必ずしも屋号を変える必要はないですよね。また広島で『ウォンツ』を知らない人は恐らくいないわけで、それをツルハの赤い看板に変えることはないのです」。
1店舗あたりの商圏は次第に小さくなり、競合他社も地域集中出店(ドミナント)戦略で攻めてくる。だからこそ、来店頻度が高くなる青果や精肉の販売に力が入る。静岡県浜松市が発祥の杏林堂薬局は、もともと食料品の売り場に強みがある。だから、月に1回のグループ経営会議で、そうした得意分野を皆で共有する。ツルハが杏林堂に教えを請うというわけだ。
くすりの福太郎(千葉県)、ウェルネス湖北(島根県)とハーティウォンツ(広島)が合併してTGN、レデイ薬局(愛媛県)、杏林堂薬局(静岡県)、ビー・アンド・ディー(愛知県)、JR九州ドラッグイレブン(福岡県、現ドラッグイレブン)が順次グループ入りした
まずはアプリ会員の増大、ビーコン活用も
「ウチはデジタルで出遅れているので、伸び代は大きいですよ」。鶴羽氏はそう言って笑う。それゆえ、この1年、デジタル化を急速に進めてきた。
まずはアプリ会員の増大化。同社の会員は全国で1200万を数えるが、プラスチックの会員証組織であるため、これをアプリ会員へ巻き取っていく。現在、400万ダウンロード近くまで到達しており、来年5月末には700万ダウンロードをめざす。
店頭へのビーコンの設置やデジタルサイネージの導入なども進めている。アプリ会員のスマートフォンへ商品の広告を配信し、その人が実際に来店してくれたかを把握する。さらに、店内で特定商品が並ぶ半径数メートルのエリアにアプリ会員が入るとそれをビーコンが察知。その人に販促のプッシュ通知をしたり、そのエリアに入ったのに購入しない人を分析したり。そうした活用を今後していく。デジタルサイネージを使った広告を掲載して、購買に結びつくかどうかの分析も進めていく。

顧客属性やPOS(販売時点情報管理)のデータなどを結びつけたDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)も整備して店舗のDXを推進する。「メーカーの方々も、広告を打ったはいいけど、それが実際に購買に結びついたかどうかを知りたがります。一部費用も負担してもらいながら、店舗のデジタル化を一気に進めているところです」と鶴羽氏は言う。
いつもの店舗じゃなくても、肌の様子を把握している不思議
21年度から始めた新しいサービスもある。対面接客のデータベース化だ。
ツルハはかねて、化粧品の対面販売をその特徴としてきた。各店舗の化粧品担当者が、メーカーの垣根を超えて専門知識を使って接客する。百貨店などではよく見る光景だが、ドラッグストアでは珍しい。
これまでは、メーカーが用意してくれた台帳に化粧品担当者が手書きで記入していた。顧客にしてみれば、行きつけのツルハ店舗へ行けば、自分の肌の状態などを記載した台帳を元に、化粧品を勧めてもらえる利点がある。ただ、ツルハの別の店舗で買い物をしたり、あるいは引っ越ししたりしたときは、そうした情報は“断絶”されてしまう。
そこで、これまで紙の台帳をデジタル化した。そのデータへ、どの店舗からもアクセスできるようにすることで、行きつけの店舗と同じサービスが、別の店舗でも再現できる。引っ越しや、新型コロナで生活圏が変わった顧客も逃さない。
また、デジタル化することで、ある顧客がいつも使っている化粧水がそろそろ無くなりそうといった情報も自動的に把握できる。店舗サイドから、もうじき次のものをお買い求めされたほうが良いですよ、といったプッシュ通知も可能になる。つまり、デジタル化で顧客との距離が縮まってくるというわけだ。
デジタル活用で「個人商店」に戻っていく
ここまで店舗のデジタル化を一気に進める狙いはどこにあるのだろう──。
鶴羽氏に聞けば、「個人商店に戻るためなんです」と返ってきた。「ドラッグストアって、小売りの中でも、顧客との距離がかなり近い部類に入ると思うんです。だから店頭の販売員には、できるだけ顧客と接する時間を増やしてほしい。そのため、バックヤードなどデジタル化して効率化できる部分には投資して、販売員を解き放ってあげたいのです。また、デジタルでワントゥーワンマーケティングができるようになると、まさにそれはお客さん全員のことを頭に入れていた昔の個人商店の頃みたいになれるのです」。
このところ大雨や土砂崩れなど災害の影響が深刻だ。水や乾電池など、生活必需品をできる限り地域の人たちに供給し続けたいと鶴羽氏は思う。地域の人たちから日頃から頼られる存在になること。それにはデジタルの活用で利便性を追い求め、結果として店頭での専門性が追求できるという。
異業種、大手同士、合従連衡はさらに進む
小売りの世界は、さらに寡占化が進む。そんな見方をする経営者は多い。冒頭で触れたニトリホールディングスの似鳥昭雄会長もかねてそれを主張してきた。鶴羽氏の見方も寡占化だ。「(ツルハは)異業種とのM&Aも考えられる」とまで語る。
日本チェーンドラッグストア協会が今年5月に発表した「日本のドラッグストア実態調査」によると、20年度の全国総売上高は8兆363億円。初めて8兆円を超えた。「10兆円は想定できたとしても、それを15兆円を前提にしようとしたら、もはやそれはドラッグストア業界と呼べるものだろうか」と鶴羽氏は言う。
今後、ドラッグストア業界は、二極化していくと鶴羽氏は見る。現在の専門性を土台にしながら、一つはヘルスケア&ビューティ型、もう一つがディスカウント型だと指摘する。前者は調剤薬局などとの合従連衡、後者はスーパーマーケットなどとの合併だという。そしてツルハは、ヘルスケア&ビューティ型の路線を歩むだろうと、鶴羽氏は将来を展望する。

15兆円市場に挑みながらも、発祥の北海道、そして旭川を今でも重視するツルハ。北海道でのシェアトップを重視し、旭川にいたっては「他社が参入してくれば、徹底的に戦いますよ」(鶴羽氏)とこだわりを見せる。JR旭川駅前には、複合商業施設「ツルハビルディング」を完成させ、ホテルまで併設、同業他社を寄せつけない雰囲気を醸し出す。顧客と近づき、そして発祥の地を今でも大切にする姿勢こそが、ツルハホールディングスの強さの源泉なのかもしれない。