2024年5月までに、本社機能を担う1200人を淡路島へ移す計画を発表したパソナグループ。新型コロナの影響を受け、突然浮かんだアイデアではない。2008年の農業ベンチャー支援に始まり、閉校となった小学校などでレストラン事業を展開、音楽家や漫画家たちを呼び寄せ、そして全く新しい働き方を淡路島で実践してきた。テレワークの急速な浸透が、自由で豊かな働き方を支え、そして地方創生も実現していく。好業績を支えるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業にはDX(デジタルトランスフォーメーション)の要素を取り入れ、自社と顧客を変革する。積極果敢で知られるパソナグループの南部靖之グループ代表。インタビューでは「心の黒字」という表現を繰り返し、その状態になるには新しい働き方、地方創生、先端テクノロジーの活用がカギを握ると語った。淡路島に日本の未来が見えてくる。
パソナグループ
代表取締役グループ代表
南部 靖之 氏
そもそも、淡路島、ここは良い、こういう結論にいたったのは、リーマンショックの後の若ものたちの就職難がきっかけの一つだったんです──。
すべては2008年から始まった
パソナグループ代表、南部靖之氏へのインタビューはそんな言葉から始まった。2008年9月、米投資会社のリーマン・ブラザーズの経営破綻が発端となり、世界経済は大混乱に陥る。いわゆるリーマンショックである。その年、南部氏は淡路島に「パソナチャレンジファーム」という独立就農を支援する制度を作っている。
「大学を出たけど仕事が無くて困っていた学生たちに、農業×仕事、あるいは農業×芸術ということで呼びかけたところ、全国から300人の若ものが集まってくれたんです。その後も、半数程度の人たちが淡路島に残ってくれた経験があり、これが淡路島へ本社機能を移すプロジェクトの土台になっているのです」
今を生きる南部氏が、過去の話から始めるとは少し意外だった。しかも13年も前の話。恐らくそれは、ちょっとした“腰掛け”気分で淡路島への本社機能移転を昨年9月に公表したわけではない、との狙いもあるのだろう。確かに、淡路島とパソナグループは一体化しつつある。
廃校をリノベ、レストランに衣替え
日経BP 総合研究所 主席研究員
杉山 俊幸
12年には、廃校になった小学校をリノベーションして、マルシェ・レストラン「のじまスコーラ」をオープン。翌年にはデザイン事業やイベント企画を手がけるアートリボン、そしてアニメイベントや漫画・イラスト制作のアニメエッグを淡路島に設立した。
芸術活動を通じて地域活性を目指す「地方創生エンターティナー」の募集を開始したのは17年のこと。同じ年、兵庫県立淡路島公園アニメパーク「ニジゲンノモリ」をオープンし、クレヨンしんちゃんや火の鳥をモチーフにした。後に、NARUTO&BORUTO忍里、ゴジラ迎撃作戦、ドラゴンクエストアイランドなどを同アニメパークに追加している。
演奏家で給仕、まったく新しい働き方
昨年、淡路島の西側海岸にオープンしたレストラン「青海波」の海の舎の店内では時折、生演奏を聞くことができる。芸術で食べていきたいが生計を立てられるほど稼げない。そんなクリエーターを淡路島へ集めて、パソナのグループ社員として雇用する。時間が来ればピアノを弾き、それ以外の時間は給仕をする。
青海波の一つ、「海の舎」の店内と、そこで提供される料理
「こうした働き方もあるんですね」。青海波で働く、同グループ社員に、定形ビジネスパーソンの働き方くらいしか経験のない記者が失礼を承知で尋ねてみれば、「たのしいですよ」とくったくない。ハローキティのショーと食事が楽しめる「HELLOW KITTY SHOW BOX」で働く漫画家志望だった人は、このシアターレストランの販促物を描いている。やはりパソナのグループ社員だ。
確かに、誰もが大谷翔平選手や藤井聡太棋士のように、その道のプロとして生計を立てられるわけでない。だからといってすぐに野球をやめる、将棋をやめる、あるいはピアニストをやめる、舞台をやめるとはならない。第三の道として、オフィスワーク、あるいは給仕といった仕事をしながら、自慢の舞台を観客に見せるという選択肢があったらいい。淡路島にはそれがある。だから、意欲的な“芸術家”が全国から集まってくる。
パソナグループにもメリットがある。のじまスコーラをオープンした直後、南部氏は淡路島に「パソナふるさとインキュベーション」を設立している。レストラン事業を中心に地域活性化モデルの創出事業を手がける会社だ。淡路島活性化のため運営するレストランの集客力をパソナとしても高めたいところ。店内で生演奏が聞けます。または、生の舞台が見られます。それら“作品”によってレストランの魅力を増すのは、恐らくまちがいない。
テレワークでも仕事ができる、「心の黒字」へ
ここ、淡路島の働き方は確かに多様だ。自由にさえ見える。それを支えるのが、「テレワークという形態でしょうね。コロナで我々は知ってしまったわけですよね。リモートでも十分仕事ができるってことを。だからこそ今、多くの人たちが地方へ移り始めているわけです。満員電車に乗って都心で働くだけが仕事じゃない。心の豊かさというものが大切にされる時代でしょうね」(南部氏)。
心の黒字。南部氏が繰り返し使う表現だ。金銭的な豊かさだけでなく、心の豊かさこそ重要だという考えを示したものである。そうした“黒字”に欠かせない要素が、南部氏によれば「地方創生であり、それはテクノロジーの進展と密接にからみ合うもの」だと解説する。
人工知能(AI)やビッグデータ、あらゆるモノがネットにつながるIoT、高速通信規格の5Gといった技術が社会課題を解決していき、それが地方創生に資するものになる。こうした人材を育成する必要がある。「そのためのラボを淡路島に作りたいと思っているのです」と南部氏は言う。
DX×BPO=?
好調な業績を下支えするBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)にも、DX(デジタルトランスフォーメーション)の要素を取り入れる。今年4月、2021年5月期の連結決算の営業利益が過去最高益だったことをパソナグループは発表している。間接業務を請け負うBPO事業が好調なことなどが要因だ。
そのBPOにDXの視点を入れ込んだ「DXセンター」を淡路島に開設するという。パソナグループ自社のDX推進をすると共に、顧客企業のオンライン営業やデジタルマーケティング業務を請け負う。そうした集積地に淡路島をしていく戦略だ。
淡路ベンチャーアイランド構想へ
これから淡路島プロジェクトは、どんな方向に進んでいくのだろうか。南部氏が、ポイントを5つにまとめて教えてくれた。「淡路島プロジェクト・重点施策5項目」がそれだ。一部、これまで紹介してきた施策と重なる個所もあるので、おさらいのようにご覧いただきたい。

一つ目のキーワードが、ハイブリッドキャリアである。音楽家が音楽と別の仕事を両立させたり、パソナ社員が東京と淡路島を行き来しながら働いたりする、まったく新しい働き方を実現する。時間、場所、職種から自由になり、より豊かに生きるべきだと南部氏は説く。
二つ目が、ウェルネスライフ。無農薬の有機野菜を自分たちで作り、安心安全で健康的な生活ができる環境を作っていく。運動と食事を組み合わせた宿泊型プログラムも設定。それに参加した南部は「淡路島に来てから5キロもやせたんですよ」とお腹をさする。
三つ目は、アート&カルチャーベース。芸術系大学出身の演奏家や、日本の伝統工芸の職人などを支援し、雇用を創出するとともに、芸術と文化の魅力を淡路島から発信していく。
四つ目が、淡路ベンチャーアイランド。都会の喧騒から離れた淡路島ならいろんな発想がわいてきやすいと南部氏は語る。そんな淡路島で、新しいビジネスのアイデアを、パソナ社員だけでなく他社からも募り、ベンチャー企業を淡路島で育てていく構想だ。
日本、そして世界を変えていく
最後が、インターナショナルハブ。すでにパソナの外国籍社員が中心となって、国連食糧農業機関(FAO)と協力協定を締結、ベトナムのダナン市との間で人材育成や就職支援などに関する覚書(MOU)を結んだ。淡路島が窓口となって、海外と日本を結ぶ拠点としたい考えだ。
ロッキード事件が明るみになって世が騒然としていた1976年2月、大学卒業を1カ月後に控えた南部氏はパソナグループの前身となるテンポラリーセンターを創業した。のちに、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長、エイチ・アイ・エスの沢田秀雄会長兼社長と共にベンチャー三銃士と呼ばれるまでになった。
そしていま、新型コロナの影響で再び世は騒然としている。新常態が求められる中、南部氏は、ここ淡路島から日本そして世界を展望し、新しい働き方で再び世を変革していくのかもしれない。