とりわけ過剰な在庫は悪と言われる。ところが、「トラスコならある」と得意先に思ってもらう独自の在庫哲学を貫き、2021年度の業績見通しを上方修正したトラスコ中山。機械工具の卸で47万ものアイテムを即日出荷する。実現したのはDXによるところが大きい。21年6月には名古屋大学との産学連携、AI開発のシナモン、物流ロボットのGROUNDとの資本業務提携を発表。業界で最速、最短、最良の物流を目指す。提携秘話を中山哲也社長に聞いていると、同社最大の次世代物流拠点「プラネット愛知」に賭ける壮大な想いが見えてきた。
トラスコ中山
代表取締役社長
中山 哲也 氏
独自の在庫哲学を持ち、成長につなげている会社がある。機械工具の卸であるトラスコ中山。業界の常識、習慣、定説を塗り替える。そうした意識を常に持ち、中山哲也社長は教科書どおりの経営を疑ってかかる。
「在庫はあると売れる」
トラスコ中山の最大の物流センター「プラネット埼玉」
売れない在庫は置かない。それが一般論だが、「在庫はあると売れる」と中山氏は語る。在庫は必要最小限に抑えるのが一般論だが、「在庫は成長のエネルギー」だと中山氏は考える。経営指標では在庫回転率という数字がよく使われるが、中山氏が重視するのは「在庫ヒット率を重視」。顧客にしてみればトラスコ中山の在庫回転率なんて関心がない。だから顧客からの注文のうち、どれだけ在庫から出荷(ヒット)できたか、という数値を大切にする。
日経BP 総合研究所 主席研究員
杉山 俊幸
どれくらいの在庫ヒット率かは後ほど紹介するとして、47万もの商品アイテムを効果的に取りそろえ、効率的に届けていく。2030年には100万アイテムを扱う計画だ。これだけ膨大な在庫の数。欠かせないのがデジタルの活用である。だからこそ、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みにも力が入る。
信用もない、お金もない、人材もない
1959年創業当時の中山機工商会(現トラスコ中山)
創業は1959年、機械工具の問屋としては最後発だった。「信用もない、お金もない、人材もない」(中山氏)。ないないづくしの状況だったという。顧客の要望に応えるため、注文された商品をとにかく早く納品していった。
だから残業も増えた。「当時の働き方はブラック企業、いや漆黒企業だったんです、ウチは」。中山氏はそう言ってはばからない。その後、全国に物流拠点を増やしながら、システム受注という形態を磨き上げていく。ちなみに現在の物流拠点は27カ所、5年連続で経済産業省と日本健康会議が認定する「健康経営優良法人」に選ばれている。
ものをはさむのに便利なモンキーレンチ。全長250ミリタイプを在庫として用意するのは、恐らく売れ筋の1社か2社が一般的だろう。トラスコ中山は全社そろえる。このメーカーじゃないとダメなんですよ。そうしたファンのメーカー指定の声に背を向けない。
もし、お目当てのメーカーのものがなかったとしても、「それでしたら、このメーカーとあのメーカーなどからお選びいただけますよ」と豊富なラインナップから勧めることができる。
重いものを運ぶ台車。目的の商品がもし無くても、類似品検索の機能を充実させたことで、その廉価版あるいはハイエンドの商品を推奨して、代替商品を購入してもらえるようになった。デジタルツールの活用と、豊富な在庫があればこその戦略だ。
システム受注率84.9%
「MROストッカー」の設置イメージ。“置き工具”として、使った分だけ代金請求
こうしたシステム受注の割合は、2012年の67.4%から21年6月には84.9%まで高まった。かつて営業現場では、得意先を1件ずつ回って注文をとってくるのが一般的だった。それをシステムで受注を済ませる。営業改革が急速に進みつつある。
究極の姿の一つが「MROストッカー」と呼ぶサービスだろう。2020年1月に本格的に始めたものだ。顧客企業の工場の片隅に、その工場で使うであろう工具や備品を事前に打ち合わせをして置いてある。置き薬ならぬ置き工具だ。まさに即納。これなら納期ゼロ分である。
ネット通販企業向けが急進
トラスコ中山は、製造現場向けの「ファクトリールート」が主流ではあるが、会社成長を支えるのは、意外なことにネット通信販売など「eビジネスルート」と呼ぶカテゴリーだ。コロナ禍、巣ごもり消費が伸びを見せるなか、それを支える1社がトラスコ中山なのである。
20年12月期、eビジネスルートの売上高は384億1700万円。前年同期比で11.4%増となった。連結売上高全体の18%を占めるカテゴリーに成長した。
トラスコ中山に“コンセント”をつなげば、47万アイテムが即日出荷できる──。これをうたい文句にネット通販会社の顧客開拓に余念がない。ときに、工具のネット通販会社の成長が、トラスコ中山の経営にダメージを与える、という文脈で語られることもあるが、工具通販会社の多くは、トラスコ中山の顧客である。
DXによるSDGsへの取り組み
高速自動梱包出荷ライン「I-Pack」、納品書の挿入、梱包、荷札の貼付け作業を自動で行う設備。梱包時間短縮・品質向上に結び付く
eビジネスルートで注目したいのはDXによるSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが進んでいることだ。これまでは、問屋であるトラスコ中山が持つ在庫をネット通販会社へ配達し、その通販会社の梱包に移し替えて、消費者へ届けるのが一般的だった。これを最終ユーザーへ直送する。
「問屋によるユーザー直送は、ご法度とされてきた。ところが、サステナブル社会の実現という機運の中で、梱包の簡略化のためユーザー直送へのニーズが高まっている」と中山氏。
その直送の数は、実に年間200万個以上にのぼる。「I-Pack(アイパック)」と呼ぶ高速自動梱包出荷ラインを使って実現しており、1時間あたり720個の出荷に対応できるという。
産学連携、資本業務提携で、「トラスコDX2.0」へ
21年の6月は、トラスコ中山にとって次なる成長の月と言っていい。
7日には、経産省と東京証券取引所が、DXを本格展開する企業に与える「DX銘柄」に2年連続で選ばれた。15日には、名古屋大学との産学連携に加え、AI開発のシナモン(東京・港)と物流ロボットのGROUND(東京・江東)と資本業務提携することを発表した。シナモン、GROUNDとは次世代流通プラットフォームを構築していく。名古屋大とは未来型物流センターに向けた取り組みを実施する。AIやロボットをこれまで以上に使ってDXを推進する「トラスコDX2.0」と呼ぶものだ。
「プラネット愛知」に込めた思い
自走型搬送ロボット「Butler」、商品棚のところへ作業者が向かうのでなく、ロボットが棚を持ち上げ、作業者のもとへ移動してくれる
GROUNDが開発した自走型搬送ロボット「Butler(バトラー)」は、トラスコ中山の物流センター「プラネット埼玉」などで稼働しており、GROUNDの宮田啓友社長は知己だった。「バトラーを納品したあとも、常にこちらの目線に立ってアドバイスしてくれる。アフターフォローなんて言葉で語れるものじゃない。宮田社長にほれ込んだんです」と中山氏。物流システムの高度化はトラスコ中山にとって生命線であり、継続的な協力関係を構築した。
より重要度が増すAI活用では、シナモンAIという知見を得る。昨年8月、トラスコ中山はDX銘柄とDXグランプリに選ばれており、その頃、平野未来社長とのやり取りが始まった。「今後は、プロフェッショナルの力が必要になる」と考えていた中山氏にとって、DXグランプリは渡りに船。宮田社長との話とは別立てで、資本業務提携の話は進んでいった。
名古屋大との産学連携では、トラスコ中山が計画する最先端の物流センター構想が強く関係している。愛知県に建設予定の「プラネット愛知」がそれで、24年から25年の完成をめざす。産学連携の人材育成と研究成果の実証の場となっていく。中山氏は言う。「これまでは、土地の形に合わせてどんな物流センターを立てようか考えた。プラネット愛知では逆に、入荷と出荷の機能がどうあるのが最適かを決めて、それに合った形の物流センターにしようと計画している」。
「在庫はね、未来を照らしてくれるんですよ」
父が創業し設立した中山機工(現トラスコ中山)に、22歳で入社した中山氏。1年目は倉庫番、2年目は配達係だった。「中山くん、それを待ってたんだよ」。配達すると、お客さんは喜んでくれた。配達は大切な仕事だと身をもって経験していた。「その配達、今風に言えば物流ですよね」。入社時から大事にしてきたものを研ぎ澄ませていったら、今の形のトラスコ中山になったという。
さて、同社が在庫回転率より重視しているという在庫ヒット率。足元、どれくらいの水準になったのだろう。10年時点では在庫が12万4000アイテム、在庫ヒット率79.6%だった。21年6月時点で、在庫は47万アイテムになり、同ヒット率は実に91.2%まで高まった。顧客から100注文があれば、うち91は在庫から搬出できる体制を整えたことになる。
「まだ、疑っていらっしゃるようですけど、在庫はね、未来を照らしてくれるんですよ」。インタビューの最後に、中山氏はそう言って記者に笑った。