持続的社会に向けての取り組みが待ったなしの状況になっている。もちろん大企業だけの課題ではなく、地方の中小企業も無縁ではいられない。ただこの問題、単なるコスト増ととらえて打開策を見つけるのか、それとも大きな企業変革の好機と位置づけて、新商品開発などに生かしていくのかによって、今後の企業の在り方を左右する。海洋プラスチックごみを使って製造した鞄や、木質バイオマス発電の排熱を使った魚の養殖など、持続的社会への対応を商品の“売り”につなげる動きも、地方で始まっている。地方創生に詳しい事業創造大学院大学の伊藤聡子客員教授が地方発サーキュラーエコノミーを語る。
事業創造大学院大学客員教授
伊藤聡子氏
「ある意味、必然だと思うんですよね」。持続的社会への取り組みが政府や企業で急速に進んでいることを受けて、事業創造大学院大学の伊藤聡子客員教授はこう見る。「毎年のように起きる大きな自然災害を見て、みなさん、何かがおかしいと実感しているのではないでしょうか」。
トヨタ、そしてアップルも
日経BP 総合研究所 主席研究員
杉山俊幸
トヨタ自動車は2021年末に、電気自動車(EV)の世界販売台数を30年に350万台とする目標を発表した。燃料電池車(FCV)と合わせて200万台としていた従来目標を一気に引き上げた。世界で進むEV化の流れにやや懐疑的とみられていたトヨタが、そうした見方を払拭したいとの狙いが透けて見える。
米アップルはiPhoneなど自社の全商品で、同じく30年までにサプライチェーン(供給網)で排出される二酸化炭素を実質ゼロにする方針を表明している。取引先を含めた形でここまで具体的な表明をするのは一部の先進企業にとどまっているが、持続的社会への動きは広がりこそすれ縮小する気配はない。
こうした動きは世界的な大企業にとどまらない。むしろ日本の地方に根付く中小企業の取り組みにこそ豊かな発想に基づくダイナミックな変革の事例が多い。そんな世界へ伊藤氏が誘ってくれた。まず紹介するのが出身地でもある新潟県の事例。
新潟発のサーキュラーエコノミー
米どころとして知られる新潟県では、米づくりに伴って稲わらも多く出てくる。その稲わらを使って乳牛を育て、採れた牛乳を使ったジェラートショップを立ち上げたのがフジタファーム(新潟市)だ。さらには、牛の排せつ物を肥料にして飼料米を作り、それを餌に肉牛も育てる。そして、その肉を提供するステーキハウスを、田んぼの真ん中に立ち上げた。ガラス張りの店内から見る一面の田園風景はとても美しいと言われ、観光名所として人気を集めている。
こうした取り組みはサーキュラーエコノミー(循環型経済)を作っていく上で欠かせない。大量生産をして大量消費をする一方向型のリニアエコノミーに対し、資源の循環的な利用を図り、経済として付加価値の最大化を図ろうとするのがサーキュラーエコノミー。「もともと、地方は一次産業を主体にしていたので、無駄をなくし、資源を有効利用するという考え方は自然と身についている」と伊藤氏は語る。
「多気サステナブルサーモン」に込めたストーリー
三重県の多気町では、中部電力グループの中部プラントサービス(名古屋市)が所有する木質バイオマス発電所の排熱を使ってニジマスを養殖している。その餌には、バイオベンチャーのユーグレナが同町で培養しているミドリムシや、同町から出た廃棄食品を原料にした飼料を使っている。大きく育ったニジマスを「多気サステナブルサーモン」と名づけ、地元の高校生レストラン「まごの店」などで提供するといった取り組みをしている。
海洋プラスチックごみの問題に取り組む地域もある。海洋プラスチックごみの2~3割は漁で使う網が占めるとされる。その廃漁網をリサイクルして、プラスチックのペレットを作り、カバンの原料として使っているのが、兵庫県豊岡市の地域ブランド「豊岡鞄」だ。豊岡鞄はその品質の高さから、有名ブランド向けにOEM(相手先ブランドによる生産)受注をしていることでも知られている。
「今は海外などのブランドバックを持つことよりより、こうしたリサイクルバッグを選んで使っていることの方がかっこいいと感じる消費者も増えてきていると思うのです。自分たちの消費行動によって社会を変えることができるのだと。1990年代半ば以降に生まれたZ世代のような若い人たちは、とりわけそうした傾向が強い。これから企業は、彼らをターゲットとして意識せざるをえないので、環境を考えた製品づくりは企業成長の源泉と言えるでしょう」と伊藤氏は説く。
J-クレジット活用し二酸化炭素実質ゼロへ
最近では、温室効果ガスに関する国の取引制度「J-クレジット」を活用し、二酸化炭素排出量を実質ゼロにする取り組みも出てきている。横浜市で印刷事業を営む大川印刷(横浜市)は本社工場の20%を太陽光発電でまかない、残り80%は青森県横浜町の風力発電の電力を購入し100%再生エネルギー化を実現。J-クレジットなどを使ったカーボンオフセットに取り組むことで自社の印刷事業における二酸化炭素排出量をゼロにした。同社に印刷を依頼すれば、取引先まで含めた排出削減である「スコープ3」と呼ばれる範ちゅうの対応もまかなえる。環境への配慮が、そのまま自社の競争力につながっている好例だろう。
また、豪雪地帯で知られる新潟県の長岡市で「寒冷地型データセンター」を運営するのがデータドックだ。顧客企業のサーバーやストレージなどの機器を一カ所に集めて効率的な運用を請け負うデータセンター。デジタル社会への移行とともに、その需要は大きく伸びている。問題となるのはサーバーなどから出る熱で、これを冷やすのに多くの電気が必要になる。データドックは冬の間に貯めておいた雪を利用して冷却し、節電する。データセンターとしては日本で初めてJ-クレジット制度のプロジェクトに登録された。
間伐材で経木を作ってみる
地方には、まだまだ活用しきれていない資源がたくさんあると伊藤氏は指摘する。脱炭素は、地方にとって大きな成長の芽となる可能性があるのだ。
その一つが二酸化炭素の吸収源としての役割を持つ森林だ。吸収量を増やすには森を手入れし、太陽光が入るようにすることが必要だが、その際に発生してくる間伐材をどう利用するかが課題になっていた。長野県伊那市にある、やまとわ(長野県伊那市)は、地域に多く生えている赤松の間伐材を薄くスライスして紙のような状態にして、食品などを包むのに使う包装紙として販売する。
経木(きょうぎ)と呼ばれる、日本伝統の包装材である。赤松の経木は殺菌作用もあり、再び注目されているのだ。都市部から移り住んできた社員も多く、森林に目を向ける若者が増えているという。
「また、間伐材を縦横に合わせて作った、CLT(直交集成板)と呼ばれるものも、建設資材として注目されています。断熱効果も高く、工期もコンクリートより短く済むそうです。こういったことをもっと産業化して行って森を健全化していくことも、大切なことだと思います」と伊藤氏は語る。
グリーンウォッシュは致命的
一方で、グリーンウォッシュやSDGsウォッシュなどといった問題も取り沙汰されている。環境配慮をうたいながら、実は見せかけだけの製品やサービスがあることも確かだ。伊藤氏は「目の前の利益にとらわれ、消費者に正直でない姿勢は致命的になる」と指摘する。「地球だけでなく、企業の持続可能性も考えるべきです。欧州では法規制への動きもあり、日本にもその流れは必ず来るでしょう」。
ステークホルダーを満足させる“六方よし”
伊藤氏はまた、岐阜市に本店がある十六銀行を傘下に置く十六フィナンシャルグループの社外取締役という顔も持つ。企業の経営を担う一人として、コーポレートガバナンスをどう捉えているのだろうか。
「かつてのコーポレートガバナンスでは、企業は株主のものという考え方がベースにありました。しかし今は、企業は従業員のものでもあり、その家族のものでもあり、地域のものでもあり、また地球のものでもある、といったように多くのステークホルダーがいるという考え方が次第に浸透してきていますよね」
もともと日本には、「三方よし」という言葉がある。売り手よし、買い手よし、世間よし、という精神をかねてから大事にしてきた日本を誇るべきだと伊藤氏は語る。
「さらに今の時代で言えば、地球にとっていいかどうか、サプライチェーンの関係者にとっていいかどうか、そして未来にとっていいかどうか、といったことを勘案して“六方よし”の精神で経営を進めることが大切です。それが結果として企業の成長につながり、株主の信頼も得られると思っています」
株主も考える、本当の豊かさとは
そうなると株主の側も意識を変えていく必要がある。そう問えば、伊藤氏はこう答えた。
「ESG経営に向けた活動で、一時的に企業の利益が下がることもあるかもしれません。企業は、その経営ビジョンをしっかりと株主に説明し対話することが大切でしょう。しかし、株主側も短期的な利益を求めるばかりではなく、そうした企業の考えを理解する必要があります。自分が投資したお金が、世の中を良くすることにつながるのだという意識を持って、本当の豊かさを経験していただきたいですね」