「これまで、ロボットに対して人がどのように反応するかというような実証実験を数多く進めてきました。ただ、限られた条件の上での実証実験では、なぜ人や社会がロボットを受け入れられないのか十分に考えることはできないと思ったのです。スタートアップ企業であれば、より長期的に社会実装を視野に入れて取り組めると考えました」と石黒氏は説明する。
20年以上にわたって、遠隔操作アバターや自立型ロボットの研究をしてきた。石黒氏自身に似せたアンドロイドは「人間とは何か」という問いを人々に投げかけ、大きな話題となった。研究してきたロボットの共通点はすべて、人に関わるロボットということだ。
石黒氏自身が開発に関わるアンドロイド
(出所:JST ERATO石黒共生ヒューマンロボットインターラクションプロジェクト)
石黒は内閣府が主導するムーンショット型研究開発制度にも参画している。この制度は少子高齢化や自然災害など日本のさまざまな課題に対し、科学技術でその解決を目指すものだ。「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」というプロジェクトを取りまとめている。「このムーンショットプロジェクトを成功に導くためにも、AVITAのような活動は非常に重要」と石黒氏は語る。
2010年にもあったアバターブーム
実は2010年ごろ、最初のアバターブームがアメリカを中心に起きていた、と石黒氏は紹介する。テレビ会議システムを使って、テキサスに住むプログラマーがシリコンバレーのオフィスの会議にアバターで参加するといったことをやっていたという。しかしそれはブームで終わった。
「米国ですら、その当時はリモートで働くことに慣れてなかったんですね。でもこのコロナ禍で、みんな分かったと思うんです。リモートでもアバターでも十分にやっていけると」
このコロナ禍で進んだのは、バーチャルとリアルの境界の希薄化だろう。多くの人が、より自由を求めてオンラインの世界で活動を始めた。それがアバターやメタバースへの関心が大きく高まった理由だと石黒氏は見る。
生身の体に縛られ、現実世界を生きる私たち
「僕らは生身の体に縛られて現実世界を生きている」と石黒氏は表現する。現実世界で失敗すると、そう簡単には取り返しがつかない。だから我々は行動がどうしても慎重になってしまう。ところがネットの世界なら、失敗したらまた別のネットの世界に行けばそれで済むのかもしれない。
「アバターになっていろんな人格を持って働けるようになれば、もっと自由に働けるはずなんです。人はもともとある意味で“多重人格”なのだ」とも石黒氏。会社での自分、家での自分、プライベートで趣味を楽しむ自分。それぞれ別の顔を持って人々は生活している。
“仮想化実社会”という考え方、インターネット同等のインパクト
「これを我々は、仮想化実世界(Virtualized Real World)と呼んでいます。仮想化された実世界です。アバター技術によって実世界も仮想化できるのです。また多重化もできるのです。プライベートを楽しむ自分もいれば、大学の先生として厳しく叱る自分もいる。人々の可能性がまさに拡張するのです。ただまだ、ここは誰も手をつけていない分野で、インターネットの登場がこの30年でもたらしたインパクトと同等のものがやって来る可能性があると考えています」と石黒氏。
日本の得意技術で世界を先導したい
アバターを開発するCG(コンピューターグラフィックス)技術は、ゲームや漫画などのキャラクター文化が豊かな日本の得意とするところでもある。
「米国主導のインターネット情報化社会とは、また違う領域において日本の強みを発信していくことは非常に重要です。かつて日本主導の産業ロボットで優位に立ったように、もう一度、日本の得意な技術で世界を席巻したいという夢が僕にはあります」
カウンセリングにはアバターで
アバターは身振り、手ぶりを交え、人が気楽に話しかけられるようなコミュニケーションを行うことが出来るため、カウンセリングへの活用にも期待がかかる
(出所:JST ERATO石黒共生ヒューマンロボットインターラクションプロジェクト)
では、具体的にどのように社会実装を進めていくのだろうか。石黒氏はまずCGタイプのものを使ってアバターと働くことへ周囲に慣れてもらい、その後にリアルなロボットを導入して付加価値の高いサービスを提供するという順番を考えているという。石黒氏は言う。
「過去の研究では、人に話すより、むしろアバター相手の方が話しやすい場面が多いというものがありました。例えば仕事や健康、お金のことなど、個人に関わることを相談しようとする際、生身の人にはなかなか話しづらいものかもしれない。アバターであれば、少し気楽に話ができるかもしれない。こうしたカウンセリングサービスには、アバター活用の潜在的なニーズがあると考えています」
5社から出資を募り、5億2000万円を調達
AVITAは大阪ガス、サイバーエージェント、塩野義製薬、凸版印刷、特殊バルブのフジキン(大阪市)から5億2000万円の出資を得て設立された。「事業連携のやり方が分かりやすいところや、アバター技術を持っているところ、すでにアバターの取り組みをされているところに、ご理解いただき出資してもらいました」と石黒氏は説明する。
点検作業などで家庭訪問する際にアバターを使って効率化できないか。カウンセリングにアバターを活用できないか。既に手がけているアバター技術、アバター事業との相乗効果を図ることができないか。そんな視点で、これから協同開発を進めていく。
変わる働き方、中小企業に好機
石黒氏は、人間とアバターが共存する世界をイメージしているようだ。もちろん働き方も変わっていく。パソナグループとは「アバター人材雇用創出プロジェクト」を始めており、新しい人材派遣の形を模索する。アバターを使ったサービスの共同開発、人材の育成などを進めるという。「人材派遣の形も変わると思います。パソナと組むことで、アバターを社会に普及させる仕組みが実現できるはずです」(石黒氏)。
アバターが普及すると、働き方に多くのメリットがあると主張する。
「例えば、ある人が、翻訳機能を追加したアバターを使うことで、本人は英語ができなくても海外の人にスムーズにサービス提供ができるようになる。人間の能力を拡張することができるようになるのです。また、一人が複数のアバターを使えるようになれば生産性が向上する。さらには、地方の会社がアバターを使って都会の人に直接製品の説明ができるなど、時間や空間の制約から自由になれます。中小企業にとってもアバターを活用するメリットは大きいはずです」
ホスピタリティのあるインターフェースが重要
アバターと人間が会話を行う様子
(出所:JST ERATO石黒共生ヒューマンロボットインターラクションプロジェクト)
石黒氏はずっと人型ロボットにこだわってきた。その理由はどこにあるのだろうか。
「人間の脳は、人と話したり関わったりするようにできているんです。介護でも、そこに人らしい顔があって『おばあちゃんどうしたの』と声を掛けてくれれば、自然と会話になるはずです。これが、人型ロボットでなく、単なるパソコンだとどこに向かって話したらいいかも分からないですよね。ホスピタリティのあるインターフェースがとても重要なのです」
人間に備わった自然な機能を使おうと思えば、人間らしいロボットの方がいい。そう石黒氏は主張する。当初、石黒氏の人型ロボットは欧米で受け入れられなかった。しかし今ではアバターだメタバースだと、むしろ彼らの方が先行してやり始めている。
「利便性があると分かれば、人間らしいロボットに抵抗がある国でも必ず受け入れられるはずです」と石黒氏は言う。
バーチャルに閉じたメタバースではなく
石黒氏が目指すのは、実世界にアバターやロボットを導入して、より自由に働ける世界を作ることだ。「メタバースは、まだまだバーチャルな世界に閉じています。そうではなくて僕が最初からやりたいのは実世界の仮想化と多重化です。研究者としては“仮想化実世界”は実現すると思っています。ただまあ、必ずしもそうなるかどうか分からないのが実世界の面白いところですね」。
職場にいるアバターと当たり前のように働いている。そんな社会が到来するのかもしれない。