2023.03.30 (Thu)
カーボンニュートラルを実現するために(第3回)
脱炭素の新たな指針「カーボンポジティブ」の考え方
カーボンニュートラルに似た指針として「カーボンポジティブ」という考え方が存在します。
カーボンニュートラルは、事業活動で排出される温室効果ガス(特にCO2)と吸収される温室効果ガスをプラスマイナスゼロにするという取り組みですが、カーボンポジティブは、排出量よりも吸収量が多い状態にすることをめざす考え方となります。
企業によっては、カーボンニュートラルではなく、カーボンポジティブを宣言するケースもあります。本記事ではカーボンポジティブの可能性について解説します。
「排出量=吸収量」ではなく「排出量<吸収量」をめざす
カーボンポジティブとは、冒頭でも述べた通り、事業活動によって排出される温室効果ガスの排出量を、吸収量よりも抑えようとするという取り組みです。カーボンニュートラルのように排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにするのではなく、吸収量がプラスになることをめざしているため、カーボン“ポジティブ”と呼ばれています。
カーボンポジティブは、温室効果ガスの排出量を最終的にマイナスに抑えるため、「カーボンネガティブ」と呼ばれることもあります。ポジティブ/ネガティブという真逆の言葉を使うものの、意味としては両者とも大きな差はありません。
カーボンポジティブは「排出量<吸収量」という考え方のため、カーボンニュートラルの「排出量=吸収量」という考えの先を行くものとなります。この考え方が生まれた背景には「このままのペースでは、目標通りにカーボンニュートラルを達成するのは難しい」という懸念があります。
そもそもカーボンニュートラルに向けた取り組みがスタートしたのは、2015年のパリ協定がきっかけです。日本でも2020年10月に、菅義偉首相(当時)が所信表明演説にて「2050年にカーボンニュートラルめざす」という、いわゆる脱炭素宣言を発表しています。
しかし2023年1月、アメリカ航空宇宙局(NASA)は、2022年のCO2排出量は過去最高の数値であったことを発表しました。この発表内容が正しければ、2015年から世界中で取り組まれてきたカーボンニュートラルに効果があるのかは疑わしいことになります。
カーボンニュートラルの効果に疑問を抱く企業も少なくないようです。帝国データバンクが2021年に発表した調査によると、調査対象となった企業のうち6割が、2050年カーボンニュートラルの実現性について「達成は困難」「達成できない」と回答しました。
このように、「カーボンニュートラルの取り組みだけでは、効果がないのでは?」という疑念から、カーボンニュートラルをさらに推し進めたカーボンポジティブの考え方が生まれたというわけです。
すでにカーボンポジティブに取り組んでいる企業がある
世界の企業の中には、すでにカーボンポジティブの取り組みを進めている企業が存在します。ここからはカーボンポジティブ、およびカーボンネガティブ宣言をしている企業の事例を紹介します。
他企業に先駆け、いち早くカーボンポジティブを宣言したのがマイクロソフトです。2020年1月に「2025年までに再生可能エネルギーに完全にシフトする」「2030年にカーボンポジティブを達成」「2050年には、創業以来より排出してきたCO2の環境への影響を完全に排除する」ことを表明しています。もともとカーボンポジティブという言葉が話題となったのも、マイクロソフトのこの宣言がきっかけでした。
環境に対する取り組みに熱心なことで知られるアウトドアメーカー・パタゴニアは、公式サイトで大々的に「カーボンニュートラルでは不十分」「地球が私たちの唯一の株主」というメッセージを発信しています。その上で、オフィスや配送センターなどの100%再生可能エネルギー化や、製品に環境にやさしい素材を使用する(88%実現済み)などの活動を推進しています。
現在は2025年に向けて、石油を原料とする繊維をパタゴニア製品から排除し、環境に望ましい素材のみを使用することや、すべてのパッケージを再利用可能なもの、家庭内コンポストで分解できるものなどにする活動を行っています。
日本の企業も、海外企業に追随するような形でカーボンポジティブ宣言を行っています。 花王は、2022年4月、「2040年までにカーボンニュートラル」「2050年までにカーボンネガティブ」を実現すると表明しました。同社はすでに国内55カ所の全ロジスティクス拠点と一部工場で使用電力の100%再エネルギー化を達成しており、現在、さらなる再エネ化や、製品ライフサイクル全体を見直して天然原料の利用を推進するなどの取り組みを続けています。
ほかにも、BrewDog(ブリュードッグ)、IKEA、ユニリーバ・ジャパンなどさまざまな企業が、2030~2050年頃を期限と定めてカーボンポジティブ宣言をしています。
すでにカーボンポジティブを達成している国もある
今ではカーボンポジティブを達成した国や地域も出てきています。たとえばブータンは、新憲法に森林の面積規定を盛り込むなどによって国土の7割以上が森林という状況をつくり、カーボンポジティブを実現したといいます。このほか中米のパナマ、南米のスリナムも、カーボンポジティブを達成したといいます。
日本でも、大分県国東市と福岡県久山町が、カーボンポジティブをめざすことを宣言しました(いずれも正式には「カーボンネガティブ」)。久山町ではさらに、生物多様性の担保と向上をめざす「ネイチャーポジティブ」についても宣言しています。
自治体だけでなく日本政府としての取り組みも進んでいます。2021年、環境省が、「2030年までに全国約100か所の脱炭素地域をつくる」という目的で「脱炭素ロードマップ案」を示しました。これに盛り込まれているのが「脱炭素先行地域づくりに関する交付金」です。選定された地域に対して5年間で最大50億円の補助金が交付されるという内容で、金額や規模の大きさから国の本気度がうかがえます。カーボンニュートラルにまつわる商機も、今後ますます拡大していくことでしょう。
「カーボンニュートラルでは足りない!」というカーボンポジティブの考え方は、今後も国内各地、世界各地で広がっていくことが予想されます。企業としても、カーボンニュートラルではなくカーボンポジティブに取り組んでいくことで、顧客や投資家に対し、自社の環境への意識の高さががアピールできます。
もしこれからカーボンニュートラルの取り組みをスタートしようと考えている企業は、もう一歩進めて、カーボンポジティブに取り組んでみてはいかがでしょうか。
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