2016.02.01 (Mon)
キーマンズボイス(第19回)
株式会社サカタのタネ 代表取締役社長 坂田 宏 氏
「プリンス」メロンや「アンデス」メロンなどを開発したことで知られるサカタのタネ。
食と健康への関心が高まる中、世界19カ国で種子を生産し、100周年を過ぎた今も順調に成長を続けている。ヒット商品の開発の裏側とグローバル戦略、話題の「スマートアグリ」に対する考えについて、坂田社長に話を伺った。
株式会社サカタのタネ 代表取締役社長
坂田 宏(さかた・ひろし)
プロフィール
1952年神奈川県生まれ。株式会社サカタのタネ代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社第一勧業銀行(現・株式会社みずほ銀行)を経て、1981年に坂田種苗株式会社(現・株式会社サカタのタネ)入社。国内営業を経験後、ヨーロッパでの現地法人立ち上げにかかわり、6年間オランダに駐在。SAKATA SEED EUROPE B.V.(現・EUROPEAN SAKATA HOLDING S.A.S.)総支配人、取締役社長室長、広報宣伝部長、経営企画室長などを歴任し、2005年常務取締役管理本部長となる。2007年6月より現職。創業家の三代目にあたる。
戦争や災害に翻弄された創業期。苦難の時代をどう乗り越えたのか?
――御社は昨年、創立100周年を迎えられたそうですが、設立から現在に至るまでの経緯についてお聞かせください
「サカタのタネ」は、創業者・坂田武雄が大正二年(1913年)に横浜に設立した「坂田農園」に始まります。 100年の歴史を振り返ってみると、三つのタームに分けられるかと思います。創業から第二次大戦の前までが創業期です。創業当初は苗木の輸出入が主な業務でした。しかし戦争が始まり、苗の輸出が難しくなって種子の販売や育種に転換を図ります。1930年代の大ヒット商品に「ビクトリアス・ミックス」という、世界初の100%八重咲きF1ペチュニアがあります。これを独占的に輸出し、発展の基礎を築きました。(F1:遺伝形質の違う2個体の交配によってできる一代目)
第二期は戦後から高度成長期にかけてです。これまでメインだった花に加え、野菜の育種と販売にも力を入れ、野菜と花の総合種苗会社として再スタートしました。「プリンス」メロン、「アンデス」メロン、トウモロコシ「ハニーバンタム」など、消費者の皆さまにも知っていただいている品種の開発を果たし、国内外である程度安定的な地位を築くことができました。
そして1970年代から現在にかけて、本格的なグローバル展開を目指し、そして実現しているのが第三期です。実は創業期にもシカゴ支店や上海支店を立ち上げ、グローバルに活動していましたが、第三期で改めて海外進出を行いました。2014年8月現在で、19カ国に28拠点を持ち、連結ベースでみると売上高の半分は海外の売上げが占めています。このように、創業以来100年間、種苗業を堅持して今日に至っています。
―― 一世紀にわたる歴史の中で、御社が経験した試練とは?
やはり創業期は苦難の連続だったようです。二度の戦争では、苗木や種子の輸出ができなくなり、海外の拠点や農場も引き上げざるを得なくなりました。当時は資金力も十分ではなかったため、かなり借金をしてなんとか会社を続けたそうです。また大正12年の関東大震災では、横浜関内にある本社ビルが全壊しました。創業者も下敷きになり、ギリギリのところで助けられたと聞いています。
戦後も当然苦労はありますが、戦前に比べれば会社もある程度の規模になり、順調に成長していったと思いますね。
成功の秘訣は「思い切って捨てること」!
――御社の事業の基本に位置づけられている「研究開発」「生産」「販売」について、それぞれのこだわりについてお聞かせください
「研究開発」のこだわりは、「オリジナリティ」です。世界初、日本初のものが当社には数多くあり、これがいわば会社のDNAです。「プリンス」メロンを例にあげると、それまで日本ではメロンといえばアールスメロンという高価なものしかありませんでした。そこで、誰でも食べられる大衆的なメロンを作ろうということになり、日本のまくわ瓜とヨーロッパのネットメロンをかけあわせて出来上がったのが「プリンス」メロンです。そのほか、茹でても焼いても甘くておいしいトウモロコシ「ハニーバンタム」、茹でただけで鞘ごと美味しく食べられる「スナックエンドウ」など、独自性を追求した品種を開発してきました。
余談になりますが、あるとき創業者が「成功の秘訣はなんですか?」との質問に対し、少し間をおいてから「捨てることです」と答えたそうです。品種の研究開発には5~15年と、長い時間がかかります。我々は、「F1」と呼ばれる、遺伝形質の違う2種類の親系統の交配によってできた一代目の子ども(種子)を作っているのですが、いろいろな組み合わせ、かけ合わせのうち、97~98%は捨ててしまいます。創業者の答えには「ベストなもの、ニーズに近いものだけを残して、あとは捨てることが成功につながる」という意味が込められていたのでしょう。実際、時間とお金がかかっているとなかなか捨てられないものですが、これをやっているとダメなんですね。創業者自身も研究開発出身なので、オリジナリティへのこだわりはかなり強くあったと思います。
「種子生産」の使命は、オリジナリティのある品種を安定供給していくことです。適地適作の徹底が安定供給につながり、またグローバル化にもつながっています。実は日本は高温、多湿、積雪、台風など悪条件がそろい、適地が少なく、生産には向きません。そのため多くの品種の種子を気象条件などが適した海外で生産しています。その一方で、実は日本は研究開発には向いているんですよ。悪条件で育種された新しい品種は、それよりストレスのない地域では、より能力を発揮しますから。
「販売」については、種子が育ってできたものを鑑賞していただく、食べていただく、そこまでの一連のニーズを販売活動のプロモーションとしてとらえる必要があると考えています。売っておしまいではなく、それぞれに上手な作り方がありますから、結果に結び付けていただくための栽培資料なども用意しています。俗に「タネは嘘をつかない」といわれますが、種子は本当に正直で、種子が持っている遺伝子そのものが再現されます。ただ、芽が出た後も大事で、手をかければかけるほどいいものができます。これは農業でもガーデニングでも同じです。
――ICT(IT)の発展は御社にどのような影響を与えたのか、また今後それをどのようにいかしていくのかなどについてお聞かせください
今日、我々がグローバルに展開していけるのは、ICTの長足な進歩のおかげです。私はアメリカに次ぐ第二の現地法人を作るため、1988年から1994年までオランダに赴任しました。
当時はようやくFAXが普及してきた時期で携帯もありませんでしたから、それを思うと海外と簡単にコミュニケーションがとれる今日の状態は夢のようです。
「スマートアグリ」が普及しても、変わらずに残り続けるものとは!?
――最近、農業の技術がICT技術によって蓄積され、温度、湿度、養分その他のセンサーネットワークと連携し、省エネで再生可能エネルギーなども利用するなど、高度に自動化された農業技術「スマートアグリ(スマートアグリカルチャー/Smart Agriculture)」が話題です。農業に新たな産業革命をもたらすとも言われていますが、これについてはどのようにお考えでしょうか
これからの農業に対して、ICTを駆使したスマートアグリが果たす貢献は大きいと思います。
我々の開発したタネを栽培していただくという点においては、追い風になるでしょう。ただ、スマートアグリが行っている研究開発と、我々が行っている研究開発は、すぐには結び付かないかもしれません。
スマートアグリが利用できるのは、主にある程度面積が限られた施設園芸になります。現状では屋外で作る野菜の方が圧倒的に多いため、スマートアグリ専用の品種開発は、今はなかなか難しいのではないでしょうか。
今後、スマートアグリが外の畑でも利用できる可能性が出てくるかもしれないので、常に注目していきたいですね。
一方で、農業は自然や植物という生き物を相手にする仕事です。全てデータで管理することは難しく、生産者の感性や経験といった“匠の技”も残っていくのではないかと考えています。
――食品安全と健康志向が高まる中、これからの御社のビジョンについてお聞かせください
昨年、100周年を機に「PASSION in Seed」というグローバルなスローガンを新たに掲げました。日本語に訳すと「タネに込める情熱」です。「PASSION」は、「People(人々)」、「Ambition(野心)」、「Sincerity(誠意)」、「Smile(笑顔)」、「Innovation(革新)」、「Optimism(プラス思考)」、「Never give up(不屈の精神)」の7つの言葉の頭文字をとっています。これからも一粒の種に我々の情熱を込めていきたいです。
また、私は常々「花は心の栄養、野菜は体の栄養」と言っています。地球上に人口が増えると当然食料の問題が出てきます。食料としては穀類がメインですが、ミネラルを摂るための野菜も不可欠です。今後我々が品種を作っていくうえで非常に重要なポイントとなってくるのは、安心安全と機能性、つまり栄養分の高いものであることです。
そして、国の発展と同時に、人々の生活にある程度余裕が出てくると形成されるのが園芸文化です。栽培して鑑賞して、心の栄養になるような花の品種を開発していきたいですね。
「タネを売る仕事」は、「信頼を買ってもらう仕事」である
――ここからは坂田社長ご自身のことについてお尋ねします。坂田社長が経験されたターニングポイントについてお聞かせください
先ほどもお話しした6年間のオランダ赴任ですね。会社、農場、事務所、倉庫と、全部一から建てました。自分にとっては初めての欧州で、あえて競合であるオランダを選びました。
当時のヨーロッパは、東西ドイツの統合、湾岸戦争、EUの発足と通貨統合など、激動の時代です。日本でもバブル崩壊があり、昭和から平成への大転換期を迎えていましたが、私は外からニュートラルな視点で見ていることができました。
こうした時代の変わり目を海外で過ごす中で、品種を作ってタネを売るというのは、もともとグローバルな商活動であることに改めて気づきました。では何が重要かというと、後にも先にも信用です。工業製品だと現物を見ることができますが、タネはいくら見てもただのタネです。そのタネの品質や将来の収穫量は、そこからは分かりません。それに対して高額なお金を払うのですから、信用がなければ取引は成立しないのです。
――日本有数の歴史ある企業を背負うプレッシャーはありますか?
私自身、確かに創業家、三代目ということになりますが、自分にできることはベストを尽くすことと、仕事に情熱を持つことです。前の話につながりますが、100年かけて我々が築いたのは、信用あるブランドです。ひとたび信用を失ったら、あっという間に崩れてしまうということを常に心に留めています。
――坂田流、企業と人の育て方とは?
「企業は人なり」という言葉のとおり、時代が変わっても根本は人です。繰り返しになりますが、我々の業種は特に人と人との信用関係で成り立っています。人と信頼関係を築くには、現場での体験と、face to faceでのコミュニケーションが必要だと考えています。ICTの時代ですが、face to faceのつながりも大切にしていきたいですね。
グローバル化社会だからこそ、ローカリゼーションを大切にしたい
――ご自身のルーツ(影響を受けた人物、本、環境など)を教えてください
ソニーの創業者・盛田昭夫さんの書かれた『MADE IN JAPAN』には感銘を受けました。特に「Global」と「Local」を掛け合わせた「Glocal(グローカル)」という言葉は、我々の仕事を端的にあらわしていると思います。
世界各国にタネを売る場合は、その地域の食生活を知らなければいけません。日本人が未知の土地に入って情報をとるには限界があるので、やはり現地の人が現地の情報をとる必要があるのです。「グローカル」という言葉は、出版当時はあまり話題にならなかったのですが、時代がそこまで追いついていなかったのかもしれません。
また、先ほど述べた「PASSION」は、京セラの創業者・稲盛和夫さんの言葉にヒントを得て、私流にアレンジしたものです。稲盛さんのご許可をいただいて使っています。
――人生でこれだけは譲りたくないという考え方はありますか?
やはり「現場主義」と「face to faceのコミュニケーション」です。研究開発や種子の生産は、全世界の畑という現場で行われるものですし、営業はお客様とのコミュニケーションにより成立するもの。この二つはいかなる時も堅持したいですね。
――他の経営者の方々に坂田さまからひとことメッセージをお願いします
変化を読み、風を読み、時代を読むことが、企業を存続させていくカギではないでしょうか。これからはあらゆる面でいっそうグローバル化、ボーダレス化が進むでしょう。グローバル化に対しては、とにかく現地を知ることです。日本にいても情報はとれますが、現地を知るには現地に行き、この目で見ることしかありません。
また、日本製品はやっぱり優秀です。なぜいいものができたのか、製品だけでなく日本人の気質や日本のモノづくりの伝統も海外に伝えていきたいですね。そのためには攻めの経営をしなければと思っています。
――ありがとうございました
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