2016.02.01 (Mon)
キーマンズボイス(第15回)
全日本空輸株式会社 代表取締役社長 篠辺 修 氏
国内最大の路線網と乗客数を誇り、今年3月には世界で4社のみが獲得している英国SKYTRAX(スカイトラックス)社のエアライン・スター・ランキング「5スター」を2年連続で獲得するなど、世界屈指のエアラインへと成長を遂げたANA。
リーディングカンパニーでありながら、日々変化とグローバル化が進むマーケットのなかで常に革新と挑戦を続ける同社のいまとこれからについて伺った。
全日本空輸株式会社 代表取締役社長
篠辺 修(しのべ・おさむ)
経歴
76年に早稲田大学理工学部卒業後、全日本空輸に入社。
整備本部、企画室などを経て、04年に執行役員、07年取締役、09年常務、11年専務、12年副社長を歴任後、2013年4月より代表取締役社長に就任。
役員として、営業推進本部、企画室、整備本部、CSR・広報室・総務部・法務部等、幅広く担当したほか、2011年に世界で初めて導入されたボーイング787の導入プロジェクト長も務めた。
逆境からつかんだ2年連続の「5スター」!?
――先日エアライン・スター・ランキングにおいて最高評価となる「5スター」を2年連続で獲得されたという発表がありました。まずは率直な感想などお聞かせください
素直に嬉しいですね。この一年を見れば、ボーイング787が昨年(2013年)の1月から5月までバッテリー問題で運航を停止していました。国内線では一日約20~30便が欠航、国際線でもサンノゼ線やシアトル線が就航できない状態でしたので、お客さまにご迷惑をお掛けしたことはもちろんのこと、従業員たちも大変だったと思います。
そのようななかでも、安全を最優先し、サービスをはじめとする品質向上に向けた努力が評価され、2年連続で5スターを獲得できたことは大変喜ばしい出来事です。
――評価につながった要因についてもう少し詳しくお聞かせいただけますか?
例えば、機内で楽しむ映画や音楽といったエンターテイメントシステムの充実はもちろん、国内の地域活性型の取り組みとして、昨年の秋から「Tastes of JAPAN by ANA」を全国都道府県とタイアップして展開し、食材や日本酒・焼酎などの県産品を機内食や羽田空港・成田空港のラウンジ等で提供しています。
ネットワークやダイヤの面でも、羽田国際線の大増便や成田国際線の増便、接続ダイヤの充実など、国際ハブ空港としてお客さまの利便性向上にむけて努力してきたところが評価につながったと思います。
国際線という成長領域への参入が大きな転機だった!?
――御社にとってターニングポイントとなった出来事などございますか?
いくつかありますが、航空業界の産業保護政策である45/47体制が終わったことにより、それまで日本航空が独占していた国際線にANAも参入できるようになったことが、一番大きな転機だったと思います。
一方、国際線参入には当時、社内外から否定的な意見も多数ありました。国際線に参入するかわりに、ANAが就航する収益性の高い国内ローカル線に日本航空が参入することへの懸念や、国際線に参入して世界の競合他社を相手に戦っていけるのか、といった声です。
一方で、ANAが今後も航空運送事業を生業としていくのであれば、航空分野において成長性を求めなければなりません。会社というのは、成長なくしては、新規に採用することも難しく、ただ生産性向上をしても余剰人員を抱えるだけになりかねません。
ゆえに健全に会社を発展させていくためには、自分たちでしっかりと成長領域を見つけ、そこに資源を投入していくことが必要不可欠だと考えていました。その成長領域が国際線と感じていましたので、振り返ればとても大きな転機だったと思います。
――航空ビジネスにおけるICT(IT)との親和性や、その発展が業界や御社にどのような影響を与えたのかについてお聞かせください
航空業界では、1970年代の終わりから80年代にかけて「CRS(コンピューターリザベーションシステム)戦争」という言葉がありました。
世界のエアラインがこぞって大型コンピューターによる予約管理システムを用いて、お客さまの予約から搭乗まで一元的に管理しはじめたのです。ある意味、この時期から、航空業界における激しい競争がスタートしたのかもしれません。
また、国際線では目的地次第で他のエアラインへ乗り継ぐ必要性から、エアラインにとってはお客様情報をスムーズに受け渡しする観点でも、ICT技術が不可欠です。
ANAでは国内線で年間約4,000万、国際線で約500万人のお客さまにご利用頂いていますが、旅行代理店経由で予約される約3割の団体のお客さまを除けば、約7割のお客さまが何らかの形でICTを活用しているとも言えます。
先述のCRS戦争の後半では、エアラインによるお客さまの囲い込み戦略が生まれました。いわゆるマイレージサービスです。
現在では、あらゆるところで当たり前のようにポイント制度が存在しますが、先駆けはエアラインがお客さま囲い込みのためにエアライン特典として付与したものです。
以前は近所の商店街でお得意さまにシールやスタンプでやっていたことを、ICTを活用することで、いつでも誰でもどこでもポイントを貯め、使うことができるようになったことが、マイレージサービスにも繋がったということです。
そのように考えれば、我々航空業界は随分前からICTのお世話になっていると言えるのかもしれません。
――今後の御社としての展望を短期的、中長期的な視点からお聞かせください
ANAは、この(2014年)3月30日に羽田からハノイ、バンクーバーといった新規就航も含めて、国際線発着を10路線13便から17路線23便へ大幅増便しました。まさに先述の「国際線を柱に成長する」という理念を形にしたものです。
当然国際線だけでなく、国内線の充実は不可欠で、国内線収入は年間約7,000億円、その約半分を羽田で稼いでいますので、収益の基盤として更に充実させていきたいと思っています。
具体的には羽田の国際線ネットワークやダイヤを充実させることで、国内各地とのアクセスをもっと便利にしていきたいと思っています。
例えば、今まで地方のお客さまがヨーロッパに行く際、地方就航している韓国系エアラインでソウル経由だったものを、今後は羽田経由で行くことができます。成田経由では前泊せざるえないケースもあったが、羽田からの国際線では当日乗り継ぎが便利となり、さまざまなメリットが生まれてきます。
東京という需要の大きいマーケットに近い羽田国際線が、大変便利というだけでなく、羽田から先の国内線の強力なネットワークと羽田国際線をつなげることでお客さまに更なる利便性を提供しようということです。
しかし、羽田の発着枠には限りがあり、今回の増便で当面は増やせないため、今後は成田の増便を含めて、両空港で利便性を高めていこうと考えています。中長期的に見れば、成田は極東という日本の地理的条件を活かしてアジアと北米の流動を取り込み、羽田は日本人のお客さまを獲得していくという戦略で両空港を一体的に運用し、有機的につなげることで更なるビジネスチャンスが生まれてくると思います。
それが私どもの狙いであり、そのスタートが羽田の国際化だと考えています。
これからの航空ビジネスはどうなる!?
――昨今のLCCの活況などをふまえ、今後の航空ビジネスはどのようなかたちになっていくとお考えでしょうか?
ANAは従来型のフルサービスキャリアをビジネスモデルとし、お客さまの利便性や効率を優先するモデルです。
例えば、富山からニューヨークに向かうには、羽田まで来て、成田に地上移動して行くルートと、富山から他社便で仁川を経由していくルートがあります。それをANAが一括して目的地までルートを請け負うためには、お客さまにANAが便利だという観点で選んでもらう必要があり、つまりいかに便利なネットワークとダイヤを提供できるかが条件です。
他社では、乗り継ぐまで半日待つものをANAでは1時間で乗り継げるようにしたり、そのなかでも乗り継ぐ際にも当然いろんな問題があり、エアラインの立場ではその問題を解決していくことは必ずしも効率が良いことばかりではありません。それでもANAはフルサービスキャリアとして、お客さまに利便性を提供するビジネスモデルで勝負をします。
一方、LCCは違って、お客さまを乗り継ぎまで長時間待たせるケースや、出発が深夜12時で到着が現地時間の深夜3時という不便なケースもあり、その分料金を安くします。お客さまにとってどちらが良し悪しではなく、ビジネスモデルが違うということであり、お客さまのそのときのニーズに応じて選択肢が広がる結果につながっています。
今後はこの二つのモデルの間にあるハイブリッドのようなビジネスモデルも間違いなく出てくるでしょう。
もしくは、別のなにかに特化したビジネスモデルも出てくるかもしれません。スカイマークは上級志向の座席を提供するなど、それに近いことを思考しているように感じます。
また、ANAセールスという旅行事業では、「ANAワンダーアース」という高額旅行商品があり、お一人様約400万円で夏に北極圏に行こうというツアーも揃えています。
既に数組のお客さまに申込みを頂いており、それ以外でも50万円を追加で払って、目的地までビジネスクラスで優雅に向かいたいというお客さまもいらっしゃいます。つまり、お客さまはそれぞれにさまざまなニーズをもって、これまではそのニーズにきめ細やかにサービスできてなかったものが、今後はよりその壁が壊れてさまざまなサービスが生まれてくると考えています。
――最後に篠辺社長ご自身のモットー、好きな言葉や譲りたくない考えなどについてお聞かせください
好きな言葉に“知足”という老子の言葉があります。これは“足るを知る”、つまりは「みずからの分(ぶん)をわきまえて、それ以上のものを求めないこと」という意味で、私自身がそういうタイプの人間だ、と思っております。
例えば、学校のテストには100点満点がありますが、ビジネスの現場や仕事をするうえで「果たしてこの案件に100点満点はあるのか」という場面が多々あると思います。しかしそのようななかで我々は仕事を続けていかなければならない。
だから「足るを知る」ということは、一体どこで自分自身としてのベスト尽くしたのかを見極めること、そういった瞬間をそれぞれの場面で冷静に見られるようになりたい、と私自身常々思っています。
――ありがとうございました
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