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2023.11.22 (Wed)

自治体が抱える課題とは(第7回)

なぜ人口2万人の市がスマートシティ化しているのか

 人口わずか2.5万人の山形県長井市では、街全体をDX化する「スマートシティ長井」という取り組みが進んでいます。背景には、地方自治体が抱える課題がありました。

なぜ人口2.5万人の小規模な市でDXが進んでいるのか?

 デジタル技術を導入することで、ビジネスモデルを抜本的に変える「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に取り組んでいる企業は多いかもしれません。しかし、DXに取り組んでいるのは、何も企業だけではありません。たとえば都道府県や市区町村といった自治体も、DXを進めることで、地域住民の利便性を向上する取り組みを進めています。

 山形県の南部に位置する「長井市」も、DXに取り組む市区町村の1つです。同市は人口約2.5万人の小規模な街ですが、現在、市内のあらゆる生活の場面でデジタル技術を活用することで、誰もが安心して暮らせる街を目指す「スマートシティ長井」という構想を推進しています。

 なぜ長井市はDXに取り組んでいるのでしょうか? そして「スマートシティ長井」では、具体的に何をデジタル化しているのでしょうか? スマートシティ長井を推進する長井市の担当者に、“街のDX”の取り組みについて話を聞きました。

人口が減少しても、安心・安全に暮らせる街にしたい

 山形県長井市は、江戸時代に最上川舟運の港町として栄えた地域であり、戦後は電子部品系の大手企業を誘致し企業城下町として発展を遂げました。

 しかし近年は、企業が相次いで撤退し、さらに少子高齢化や若年層の転出によって人口も減少しています。2023年7月末時点の人口は24,994人で、これは1985年の33,490人から約9,000人も減っている計算となります。

 同市は2015年、人口減少に対応するためのプランとして「長井市まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定。長井市の魅力を高め、人の循環・交流を強くすることを基本方針として掲げました。

 同戦略は2019年度に一旦終了しますが、2020年度からは二期がスタート。新たな戦略として「Society5.0の実現」というキーワードが追加されました。

 Society5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)のこと。長井市ではこのSociety5.0を新たに戦略として取り組むに当たり、AIやIoT、5Gといった未来技術を活用する機運づくりと、それらを活用する環境づくりに努め、未来技術によってもたらされる豊さを実感できる取り組みを展開することを宣言しています。

 このSociety5.0の実現のため、2021年にスタートしたのが、デジタル技術を活用して市政の課題解決や市民の生活基盤の利便性向上、地域活性化を試みる「スマートシティ長井」です。

 長井市 デジタル推進室の高橋瑞貴氏は、スマートシティ長井に取り組んだ背景には、同市の未来に対する懸念があったといいます。

 「人口の自然減少が進む長井市において、利便性と持続可能性を担保していくためには、ICTの力を借りる必要がありました。スマートシティ長井は、たとえ人口が減少したとしても、デジタル技術を活用し、住民の方が住み慣れたこの地域で、いつまでも安心して安全に暮らせる街を目指すための構想となります。

 このプロジェクトを進めるため、2020年には、未来技術を活用した新たな社会システムづくりにチャレンジする自治体を支援する内閣府の事業『地方創生推進交付金』(現『デジタル田園都市国家構想交付金』)に申し込み、採択を受けました。かつ、民間の人材を市町村長の補佐役として派遣する『デジタル専門人材派遣制度』(現『地方創生人材支援制度』)を利用し、NTT東日本よりデジタル専門人材も招聘しました」(高橋氏)

スマホが無くても使える電子マネー「ながいコイン」とは

 こうしてスタートしたスマートシティ長井では、すでにいくつかの取り組みが実行されています。たとえば、デジタル地域通貨「ながいコイン」もその1つです。

 ながいコインは長井市内限定で利用できる電子マネーで、地域の店舗においてQRコード決済による支払いに対応しています。一般的な電子マネーと同様、スマートフォンを用いてWebサイト上で利用者登録をして使用しますが、スマートフォンを使えない利用者のためにプリペイドカードタイプも発行されています。カードタイプのながいコインは、支払い時に店員がスマートフォンやタブレット端末でカードの表面に記載されているQRコードを読み取ることで決済を行います。

 ながいコインは、利用者側だけでなく店舗側にもメリットがあります。店舗がながいコインで得た売上は、決済データに基づいて店舗の口座に自動で振り込まれるため、銀行の窓口における現金化手続きは不要です。さらに、決済データを顧客の購買傾向の分析や人流分析に利用することも可能です。

 ながいコインは2022年5月にスタートし、約1年後の2023年6月における加盟店は165店舗、総流通額3.43億円にのぼっています。さらに、総消費額は3.27億円で、利用率は約95%という高い数値となっています。

 NTT東日本から出向し、現在は長井市のデジタル推進室 室長を務めている小倉圭氏は、「今後は、市民がボランティアに参加したり健康イベントに参加した際にポイントとしてながいコインを付与するなど、市民の市政参加を促すインセンティブとしての活用も検討しています」と話します。

店員不在でも買い物できる「スマートストア」が山間部に誕生

 店舗関連の取り組みとしては、「スマートストア」も展開されています。このスマートストアは、人口が減少している地域でも買い物を可能にすることを目的としたもので、店員が不在の無人店舗のため、人手に頼らない運営が可能な点が特徴です。

 スマートストアの利用者は、あらかじめ専用アプリをスマートフォンにダウンロードし、入店用のQRコードを入場ゲートにかざして店に入ります。店内では、購入する商品のバーコードをアプリで読み取り、店内のセルフレジで決済用のQRコードを読み込ませた後、クレジットカードや交通系ICカード、ながいコインなどの電子マネーで決済を行います。退店の際は、アプリの退店用QRコードをゲートにかざします。スマートフォンが無い場合は、店舗に用意されている貸し出し用スマートフォンで入退店できます。

 このスマートストアは、市庁舎の売店と山間部に位置する伊佐沢地区のコミュニティセンター内に設置されました。

 「伊佐沢地区はスーパーやコンビニがあるエリアから山を越えて車で10分ほどかかり、移動販売もない地域です。その中でスマートストアが生活の重要な購買拠点として機能し、設置から1年間で延べ約1,400名の方に利用いただいています。もちろんまだまだ試行錯誤の段階であり、採算が取れる持続可能な店舗にしていくためにも、引き続き利用者ニーズをデータから分析して改善に取り組んでいます」(小倉氏)

異なるデータを照らし合わせれば、新たな価値が生まれる

 地域住民の安全についても、デジタルで見守る仕組みがスタートしています。

 たとえば水害発生時に迅速な対応ができるよう、市内の20か所に、河川の水位を監視するカメラとセンサーを設置。LPWA(低消費電力でも、長距離のデータ通信が可能な無線通信技術)を活用することで、水位情報を定期的にデータベースに送信する仕組みを導入しています。

 さらに、クマやイノシシといった有害鳥獣の出没が懸念される市内の13か所に、モーションセンサーカメラを設置。撮影データで有害鳥獣の対策ができるようになったため、市民への注意喚起が迅速に行えるようになりました。さらに、カメラは夜間も撮影も行うため、有害鳥獣が頻出する場所に箱罠を設置し、効果的な駆除ができるようになりました。

 この河川水位監視データと有害鳥獣の出没データを照らし合わせることで、地域の危険個所を洗い出し、子供の通学路をより安全なルートに切り替えることも可能になります。

 スマートシティを推進するうえでは、このような「異なるデータの照らし合わせ」が重要になると小倉氏は話します。

 「長井市は古くから“水のまち”と言われるように、市内にたくさんの川が流れており、たびたび増水による災害が発生します。市内を流れる最上川は国が監視していましたが、小さな河川については、市の職員が現地で対応するしかありませんでした。さらに、熊がよく出没する地域では、農作物への被害が発生しており、まれに人が襲われることもありました。

 この水害対策と有害鳥獣対策の問題は、これまでは異なる課題として捉えていました。しかし、複数のデータを照らし合わせ、横断的に分析することで、住民の安心安全につなげる効果的な施策を打つことができました。個々の施策も確かに重要ですが、施策を横断したデータ蓄積と活用の仕組みを構築できたことは、スマートシティを機能させていくためには非常に重要な要素だと感じています」(小倉氏)

なぜ2年で多くの取り組みが進められたのか?

 スマートシティ長井ではこのほかにも、RFID(電波でデータの読み取りや書き換えを行う技術)を活用した市営路線バスの乗降データ収集や、来訪者にテレワーク環境を提供する「ワーケーション」環境の充実、常設型のeスポーツスタジオの開設、農業や建設分野におけるドローンの活用・ドローン技術者の育成など、数々の施策を実施しています。

 先に述べたように、スマートシティ長井の取り組みがスタートしたのは2021年のことです。それから2年の間に、なぜ数多くの取り組みが進められたのでしょうか? 小倉氏は、背景には複数の要素が存在したと説明します。

 「スマートシティ長井がスムーズに進んだ背景としては、まずは内谷重治市長がリーダーシップを発揮したことが大きいと思います。庁内での合意形成はもちろんのこと、市長が地域の企業団体とのリレーションを築いていたため、建設業者や商工会議所、産業振興センター、猟友会や警察署など関係する団体にも協力を仰ぐことができました。

 これ以外にも、スマートシティ長井のプロジェクト推進にあたって結成された『デジタル推進室』という組織の体制づくりにこだわった点も大きいです。総務部門や厚生部門、産業部門、建設部門など、各課から兼務体制で広く職員を集めることにより、さまざまな角度から市の課題を検討できるようにしました。地域の住民や企業と対峙して業務を行う各課の現役職員を集めたことで、住民に寄り添った“地に足の着いた課題”を洗い出すことができました。各施策を進めるうえでは、実証実験を行ったり、子どもから高齢者まで幅広い年齢層にアンケートを取ることで、住民のニーズにフィットする施策が見出せました」(小倉氏)

小規模な自治体こそ、DXは推進しやすい

 スマートシティ長井の取り組みは、2023年で3年目を迎えます。しかし、データの蓄積が進み、分析に基づく施策推進がなされるこれからが正念場です。NTT東日本から出向し、スマートシティ長井のプロジェクトメンバーである恩田拓也氏は、「ICTの活用で、描ける夢はまだまだある」と、長井市のさらなるスマートシティ化の可能性を見通します。

 「長井市では、スマートシティのほかに『レインボープラン(台所と農業をつなぐながい計画)』という取り組みを行っています。これは、自宅で出た生ゴミでたい肥をつくり、それを農業に用いることで豊かな作物を生産し、その作物が再び台所へと戻るという、作物を循環させる“大きな輪”を作るための取り組み進めています。ここでもICT技術を取り入れ、他の施策のデータと複合的に分析することで、住民や関係企業に対して新たな価値を提供できると考えています」(恩田氏)

 小倉氏は小規模な自治体こそ、DXは推進しやすく、DXに取り組む意義があると話します。

 「長井市は規模としては小さい市です。しかし、コンパクトな自治体だからこそ、地域の人と直接対話する機会がスムーズに設けられ、市民と密接な連携を取りながら、デジタル施策を浸透することができました。

 少子高齢化が進む今、地方の小規模な自治体こそ、新しい取り組みにチャレンジしながら、公共サービスを強化する必要があると考えています。その中で、長井市がフロントランナーとして先例を作れたことは、大きな意味があると信じています。他の市区町村のモデルとなれるよう、スマートシティ長井を進化させていきたいと思います」(小倉氏)

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