中高年になると、「昔のような記憶力がなくなった」「最近のことが思い出せない」と思う瞬間が訪れることがあります。たとえば、ぱっと人の名前を思い出せない、仕事の納期を勘違いしていた、といったことなどがあげられます。
しかし、最新の研究により、記憶力と年齢には相関関係がないことがわかりました。ではなぜ人は「記憶力の低下」を感じるのでしょうか。ここでは、記憶力の低下を年齢のせいにして諦めるのではなく、維持するためにはどのような習慣を心掛ければよいか、という脳研究にもとづいた改善策を紹介します。
記憶力の低下は加齢が原因ではない
多くの人は、記憶力の低下の原因を「加齢のせい」と考えています。しかし、最新の研究では「年齢を重ねても、脳の記憶力は低下しない」ことが医学的に解明されました。脳研究専門家の東京大学 池谷裕二教授によると、「115歳で亡くなったオランダ人の女性の脳を解剖したところ、脳の機能がほとんど老化していないことがわかった」とのことです。また、「どの年齢に関しても物忘れの回数がほぼ一定である」という実験結果も出ており、物忘れの回数と年齢の間には相関がないことが分かっています。
ノーベル生理学・医学賞を受賞したエリック・カンデルは、ライリー・スクワイアとの共著「記憶のしくみ」の中で、記憶をつかさどる機能は、脳と脳幹の間にある海馬という場所で行われていると説明しています。その海馬には情報をふるいにかける機能があり、「この情報は必要」と海馬が判断すれば、情報を記憶として脳に保存します。
保存には2段階あり、必要と判断された情報は、最初に「短期保存」として脳の海馬に記憶されます。次に海馬に記憶された情報で、繰り返し使うものや、喜怒哀楽の感情が伴う印象の強いものは、数カ月すると大脳皮質に移されて「長期保存」されます。この積み重ねで人間は情報を記憶に刻んでいるのです。
この2段階に分かれた記憶の保存方法は、前述の池谷教授の研究などにより医学的に「年齢を重ねても低下しない」ことが証明されています。しかし、中高年の多くは「記憶力の低下」に悩んでいます。一体なぜでしょうか。
記憶力が低下する本当の原因は「時間感覚」にある
記憶力が低下したと感じる最大の原因は、年齢による時間感覚と情報量の違いと考えられます。繰り返しになりますが、脳の海馬では情報をふるいに掛け、「使わない情報」「印象が薄い情報」は半年くらいで忘れていきます。これは子供、大人ともに同じです。
人生が10年以内の子供にとって、半年前という時間は「大昔」という感覚です。人生が数十年と経っている大人にとって、半年前は「最近」です。この時間感覚の差から、大人は「半年前(=最近)」が思い出せない自分にショックを受けることになります。
ほかにも子供の頃と比べると、1カ月以内に会った人の名前が思い出せないという経験があるでしょう。それを情報量という視点で考えてみます。大人は行動範囲が広く、新しい情報に出会う機会が子供より多いです。日々、遭遇する情報のすべてが強い印象を持っているとは限りません。脳の海馬は印象が薄い記憶を「不要」と選別します。扱う情報量が多くなれば、印象が薄い情報は短い間でも海馬に記憶として定着しにくくなります。
印象のほかにも、中高年ならではの記憶力が低下する原因があります。それは、子供の時ほど反復して情報を覚えようとしないことです。脳の海馬が記憶を長期保存させるプロセスでは「繰り返し」も重要な選別の基準となります。子供は自分が体験してきた情報を周囲に話す、学校に入れば授業で書き写すなど繰り返しの機会が多く、海馬が重要な情報だと認識やすい環境にあるのです。
記憶力を維持させる習慣は「反復すること」
中高年になっても記憶力を維持するためには、本当に記憶することが必要だと感じた場合に、メモを付ける習慣を身に付けましょう。メモに記憶したいことを記し、印象を添える。それらを1日の終り、1週間の終わりに見直すという習慣をつければ、大脳皮質に長期保存される確率が高くなります。
たとえば仕事で出会った人であれば、スケジュール帳にその人の印象や会話の内容をメモし、一緒に名刺と保管するなどの習慣をつければ、名前が思い出せないという窮地が少なくなるかもしれません。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年6月17日)のものです。
【参考文献】
ラリー・R. スクワイア, エリック・R. カンデル『記憶のしくみ 上下巻』講談社
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