生き残る大学となるために(第4回)

ICT基盤のクラウド移行で競争力を高める

posted by 山口 学

 学内のICT基盤ではなく、インターネット上のサービスとして提供されるクラウドで業務を行う。こうしたICT活用法が教育の現場でも増えています。最大の特長は、ICT基盤を素早く調達でき、使った分の利用料さえ払えばよいこと。システムの移行や運用に多少の留意点はあるものの、コスト削減や運用管理業務の軽減など、競争力強化につながる効果が期待できます。

素早く調達でき、使った分だけ支払えばよい

 “インターネットの雲の中”にあるコンピューター資源を利用するクラウドコンピューティング(クラウド)は、多くの企業にとって不可欠なICT基盤です。省庁や地方自治体でも、クラウドを利用する事例が増えています。教育機関での導入も進んでおり、文部科学省の学術情報基盤実態調査によると、84%の大学がクラウドを利用しています。国立情報学研究所(NII)が大学や研究機関向けの学術情報基盤として運用している、学術情報ネットワーク(SINET)を利用するためのクラウド接続サービスを提供する事業者も増えています。

 クラウドを利用する最大のメリットは、コンピューターやソフトウエアが素早く手に入るところです。必要なICTインフラを自前で調達するには、数カ月かかるケースも珍しくありません。一方クラウドは、サービスによっては申し込んだその日に使い始められます。急なサービスの立ち上げや、増強の要請にも柔軟に対応できます。

 また、基本的に使った分の利用料だけを支払うため、契約内容を上手にコントロールすれば情報システムの費用を抑えられます。例えば、大学のような夏休みなどの長期休暇で利用者が減る時期に、一部を解約したり休止したりすればコスト削減も可能になるでしょう。

 利用できるコンピューター資源の違いで、クラウドは大きくIaaS(Infrastructure as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、SaaS(Software as a Service)の3種類に分けられます。

 IaaSとは、サーバーだけを使う方式で、その上で動かすOSやデータベースなどのミドルウエアは利用者が用意して、クラウド上の仮想サーバーに組み込んで利用します。PaaSはサーバーに加え、OSとミドルウエアも借りる方式です。利用者は財務会計や人事、給与といったアプリケーションを用意して利用します。SaaSは、アプリケーションも含め、クラウド事業者が提供するものを利用する方式です。

 どの方式が最適かは、構築するシステムやサービスの用途によって異なります。電子メールやグループウエアのような汎用性が高いサービスであればSaaSで十分ですし、財務会計や人事、給与のような一般企業での業務と大きな違いがないシステムもSaaSが利用できるでしょう。CRM(顧客関係管理)システムを学生向けポータルサイトに採用し、休講などの通知、成績や履修状況のチェック、授業アンケートへの回答などに活用している大学もあります。入試手続や学籍管理、教務管理、成績管理、保健管理といった、教育機関特有のシステムを利用する場合には、専用のアプリケーションを大学側で用意して、PaaSで利用するのが適しています。特定の用途に特化したOSやミドルウエアを組み合わせる必要がある研究分野で利用するのであれば、IaaSが候補になるでしょう。

長期的な計画に基づいてクラウドへと着実に移行する

 すでに稼働中のシステムをクラウドへ移行する際、どのような点に留意すべきでしょうか。

 まず必要となるのは、5~10年先を見越した長期的なICT基盤の整備計画の策定です。学内で稼働中のシステムやICT設備・機器に対して補助金が交付されている場合、一般的には決められた期限まで使い続ける必要があります。補助金が使われていない場合も、リース満了期限や償却期間を考慮して移行しなければ、余計なコストが発生してしまいます。

 ICT基盤整備計画を策定するにあたっては、IaaS、PaaS、SaaSのどのクラウドに移すかだけでなく、どのシステムやサービスをクラウドに“移さず”、自学でICTインフラを持ち、従来どおり運用・管理していくオンプレミスにするかも決めなければなりません。セキュリティポリシーにもよりますが、個人情報を扱うデータベースや、最先端の研究や企業との共同研究に使われるシステムやデータのクラウドへの移行はハードルが高くなります。

 「クラウドから戻せるかどうか」も、重要な判断基準になります。より高いセキュリティレベルが必要になる、利用量が増えてコスト面のメリットが少なくなるといった変化は、今後十分に起こります。特にSaaSでは、オンプレミスのシステムへ移そうとすると、データの加工が必要になる場合もあります。「いったんはクラウドに移すが、状況によってはオンプレミスに戻す可能性がある」かどうか、さらに、開発したソフトウエアや蓄積したデータをオンプレミスに移す際に、再開発や再作成に伴う費用が発生するかどうかを検証する必要があります。

 データ転送に要する費用にも注意が必要です。クラウドは従量課金制で、データ転送量が増加すれば利用料も増えるためです。

 移行時の問題となるのは、クラウドへのデータ転送量です。データを保存したハードディスクを郵送し、そこから登録してくれるサービスを提供しているクラウド事業者もあるので、そうしたサービスの利用も検討するとよいでしょう。移行後は、クラウドからパソコン・タブレット・スマートフォンなどの端末へのデータ転送量に注意すべきです。大量のデータがダウンロードされると、想定よりも利用料が高額になる、いわゆる“クラウド破産”が起きかねません。これを防ぐには、コンテンツ配信ネットワーク(CDN)サービスと呼ばれる、インターネット上で送受信されるコンテンツを効率的に配送する仕組みの併用の検討も必要になります。いずれにしても外部とのデータ通信量は増加します。通信回線の強化や、専用サービスへの切り替えも必至です。クラウド移行に合わせて、学内でのシステム運用管理・セキュリティ管理を省力化するのであれば、ネットワーク運用も含めたスキルの高さや豊富なのノウハウを持つベンダーをパートナーにするのも重要でしょう。

 このようにクラウドの利用に際して留意すべき事項はありますが、一般企業でもこうした課題をクリアしてビジネスに活用しています。そうした一般企業でのノウハウや実績と、教育機関特有の事情に対する知識を併せ持つコンサルティングサービスなども利用することで、課題は解決できるでしょう。クラウド活用によって生まれた余裕を、教育環境の充実や運営業務の効率化に振り向けられれば、大学の競争力は確実に高まります。

山口 学

山口 学

1954年東京生まれ。14年間をアプリケーション・ソフトウエア開発エンジニアとして過ごし、1990年にフリーランス・ライターとして独立。IT分野の書籍・雑誌記事執筆とウェブコンテンツ制作に携わる。

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