1988年、玩具メーカーのタカラ(現在のタカラトミー)から、一風変わったおもちゃが発売されました。サングラスをかけ、ギターを持ったひまわりのような花の人形「フラワーロック」です。
フラワーロックが当時の人を驚かせたのは、「近づいた人の声や物音に反応する」という仕組みでした。人が近づき、話しかけたり、手を叩いたりすると、クネクネと身体をくねらせて、ダンスを踊りはじめるのです。
これが大受けし、海外へも展開もされ、総計850万個を売り上げました。発売元のタカラの株価も急上昇し、「フラワー相場」という言葉まで生まれるほどのヒット商品となりました。
店頭に置くだけで人が集まる「一石二鳥」のアイテム
フラワーロックは、販売する店側に思わぬメリットをもたらしました。「客寄せ」の効果を生んだのです。
当時の人達は、店頭に置かれたフラワーロックの奇妙なダンスに足を止め、その商品とたわむれている人々の姿に、さらに通行人が誘い込まれます。元々ヒット商品のうえ、店頭にディスプレイしておくだけで宣伝になるので、店にステップインさせる効果もある「一石二鳥」のアイテムだったのです。
しかも、ペットのように餌代や世話する手間もいらず、人間の呼び込みと違って人件費も発生しません。電池さえ入れておけば、勝手にお客さんを楽しませてくれるのです。
花がサングラスを掛けているという、派手でユーモラスでとぼけた外見も、当時のバブルの世相にマッチしました。海外ではパーティーグッズとして使われた事例もあったようです。
ヒットの裏に「ゲームボーイ」あり!?
フラワーロックのヒットは、「技術をどう活かすか」という点において重要な示唆を含んでいます。
フラワーロックの仕組みは、本体に内蔵された音センサーが、人間の発する音に反応し、本体をクネクネと動かすという、非常にシンプルな仕組みになっています。音センサーを採用した製品は、当時でも特に珍しいものではなく、最先端の技術ではありません。
だからこそ、フラワーロックには注目すべきヒントがあります。フラワーロックの魅力は、技術そのものではなく、「コンセプト」の方が大きいのです。
たとえば「音/光センサー技術を元に、新しい商品開発をする」というプロジェクトがあった場合、「防犯装置や照明器具を作ろう」と声を挙げる人は多いでしょう。音センサーで異音を検知した際には防犯ブザーを鳴らす、光センサーで部屋が暗いのを検知した際には照明をONにする、といったソリューションを思いつくかもしれませんが、すでに市場に出ている類似商品と差別化ができなければ、そう簡単にヒットすることはないでしょう。
こうした時に役に立つのが、任天堂の伝説的なゲームクリエイターである故・横井軍平氏が提唱した、「枯れた技術の水平思考」という考え方です。
横井氏は、既に普及している技術を製品開発に活かすというやり方を重視していました。たとえば横井氏が1989年に開発した携帯ゲーム機「ゲームボーイ」は、高画質なゲーム機が普及しつつある中で、白黒の液晶を搭載するというローテクな製品でした。しかし、“枯れた技術”で作られたゲームボーイは、持ち運びできるという、他のゲーム機にはないメリットが受け、競合の高性能のゲーム機を打ち負かし、社会現象になるほどの大ブームを引き起こしました。
フラワーロックも、開発姿勢としては横井氏に通じるものがあります。ハイテク製品でもないうえに、ましてや生活必需品でもありません。しかしフラワーロックには、人間が発する音に反応することで、人間と機械が一瞬だけでも心が通い合う瞬間がある、これまでにない価値を持った製品でした。
消費者の心を動かすために、ハイテクである必要はない
フラワーロックは、人間の空腹を満たすものではありませんし、渇きを潤すものではありません。技術的に特筆すべきものを備えているわけでもありません。しかし、人間と機械との間にちょっとしたエンターテインメントを生むという、当時では珍しい特徴を持った製品でした。だからこそ、人々は財布のひもを緩めたのです。娯楽や物がすでに満ち足りていた、バブルの時代であったにもかかわらずです。
現在は、バブル景気の頃よりも景気は良くはないかもしれませんが、スマートフォンなどハイテクな製品が当たり前のように手に入る時代です。ありきたりの製品では、消費者の心は動かないかもしれませんが、かといって消費者の心を動かすために、ハイテクな技術を搭載している必要はありません。
フラワーロックのヒットの裏に、冷え込んだ消費を溶かす鍵が眠っているかもしれません。
参考文献
・牧野武文 『ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男』 角川書店
・成美堂出版編集部『ロングセラー商品の舞台裏』成美堂出版
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