男性の育児休暇取得は、中長期的には企業へメリットをもたらすという調査結果が、学習院大学やニッセイ基礎研究所、富士ゼロックス総合教育研究所から発表されています。これらの調査によると、男性が育児休暇を終えて職場へ復帰した際、仕事の効率化や部下のマネジメントなどに取り組む姿勢の変化・向上が見られ、それが企業へのメリットへつながるそうです。
育児休暇を取得したビジネスパーソンからは「育児をやってみて、部下の叱り方がわかるようになった」などの声が挙がったともいわれています。育児のどのような点が、マネジメント力アップへのヒントとなっているのでしょうか。
育児経験が仕事のメリットになる?
男性の育児休暇取得率について、政府は「2020年までに13%へ」という数字を掲げたものの、2016年7月時点で男性の育児休業取得率は 2.65%と、まだまだ低い状況です。育児休暇の取得は職場に迷惑をかけるので、会社にも自分にもデメリットが多いという意識を多くの男性が持っているようです。
しかし育児休暇取得者を対象とした学習院大学の研究「育児休業は本人にとって能力開発の妨げとなるか」や、ニッセイ基礎研究所の「育児休業に関するアンケート調査」、富士ゼロックス総合教育研究所の「男性の育児休暇がもたらす会社のメリット」では、育児の経験が、その後の仕事に対する意識・行動に向上をもたらすという調査結果を発表しています。
これらの研究では、育児経験と仕事の効率化や部下のマネジメント力には通ずるものがあるとしています。理由として、育児では「時間」と「作業の効率」の管理が養成されるからとしています。
時間と作業の効率を訓練する場が育児!?
子供をもつ共働き夫婦の朝の光景を思い浮かべると、夫婦は自分の支度をしながら子供に起床を促し、朝食や弁当の準備をしつつ、着替えもさせなければならないというマルチタスク状態です。加えて出勤までの限られた時間内で、最大限にパフォーマンスを発揮せねばなりません。毎日のことなので、共働きの家庭では各々が工夫して乗り切っていることでしょう。
これは職場でも活用できるスキルです。『育児は仕事の役に立つ』の著者である中原氏によると、育児に関することは、どれも臨機応変に「最適化」する必要性があるため、「時間管理能力」が向上するとしています。
育児に関わる年齢は20~40代が多いとされています。この年齢は、人材育成やマネジメントに関わりはじめる時期とも重なる部分があります。育児経験は、マネージャーが初期にぶつかる「時間と作業の効率化」という悩みを解決するためのサポートをしてくれるのです。
上司であれば自分の仕事だけでなく、部下の業務進行も確認し、アクシデントや急な相談にも応じなければなりません。上司という立場は、いくつもの仕事が重なり、常時マルチタスク状態になります。
また育児へ積極的に参加をしている男性は「定時に上がって育児や家事を行いたい」という気持ちがあります。これは、前述の富士ゼロックス総合教育研究所のレポートで行われたインタビューのコメントにも見られます。「家族と時間を過ごすため、残業をしないように心がけるようになった」「家事育児をするため、19時帰宅を目指すようになった」と育休取得者が回答しています。定時退社するためには、チームのメンバーの動きに合わせて仕事の優先順位を入れ替えるなど、先読みしながら仕事を片付ける臨機応変な「最適化」と「時間管理能力」が必要なのです。
育児経験を通じて、部下の個性や能力を見抜く力が身に付く
また管理職として、部下一人ひとりのモチベーチョンを高めるマネジメントを行うのは容易なことではありません。「自分にはこの指導方法しかできないから」という理由で、部下の個性を無視して、自分流をゴリ押しするのは簡単ですが、育児ではそうはいかないものです。
たとえば夜中に、子供が眠そうにしながらもぐずっているとします。このとき「眠いのなら寝ればいいのに」という突き放した思考では何も解決されません。こうした場面では「この子には何か眠れない理由があるのだな」と悩むことになります。暑いのか、寒いのか、どこか具合が悪いのか。それとも何か不安なことがあるのか。色んなことを、相手の立場になって想像を張り巡らすことになります。
この想像力がマネジメントで役立ちます。「どうして作業が進んでいないのか」「なぜ報告が遅れてしまったのか」などの理由や原因に対する解決策を、部下の立場で悩みます。その過程で部下の個性や能力を理解し、モチベーションや能力が高まるような褒め方や叱り方などの育成方法を個々に合わせて調整するでしょう。
また『スーパーダディ ビジネスマンの勧め』の著者である高橋一晃氏は「子育てに深く関わるようになってから、部下の叱り方のレベルが上がったような気がします」と述べています。相手に注意を聞き入れてもらえるように「プラス思考で注意する」というマネジメントには欠かせない能力が、育児での「褒めて育てる」によって自然と身に付いたからと高橋氏は考えています。このように育児と部下のマネジメントには通じるものがあるのです。
以上により、育児経験によってマネジメントなどの仕事力の向上が見込めることがわかりました。仕事を早く終わらせれば、帰宅も早まります。すると家庭で過ごす時間も増えて、さらに育児へ関わるという好循環が生まれます。
同時に会社にとって育児を経験した社員は、自律的に働き方や生産性の改善に取り組む貴重な人材にもなります。企業や男性社員にとって業務上マイナスが多いと思われていた育児休暇取得は、予想外のメリットと好循環をもたらしてくれるチャンスかもしれません。
■参考資料
※1 育児休業は本人にとって能力開発の妨げとなるか.――脇坂明『学習院大学経済論集』44巻4号325ページ
※2「男性の育児休業」で変わる意識と働き方-100%取得推進の事例企業での調査を通じて(ニッセイ基礎研究所レポート)
※3 男性の育児休暇がもたらす会社のメリット(株式会社富士ゼロックス総合教育研究所レポート)
■参考文献
・『スーパーダディ ビジネスマンの勧め』高橋 一晃著/双葉社(2017/3/1)
・『育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ』浜屋 祐子著・中原 淳著/光文社(2017/3/16)
・『ルポ父親たちの葛藤 仕事と家庭の両立は夢なのか』おおたとしまさ著/PHP研究所(2016/6/18)
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