日本政府が策定した第5期科学技術基本計画には、仮想空間と現実空間を融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の両方を解決する新たな社会を表す「Society 5.0」が盛り込まれています。Society 5.0時代に向けてデジタル化を推進したいけれど、専門知識のある人材がいないという地方自治体は少なくありません。そうした地方自治体の悩みを解決する国の制度が、「デジタル専門人材派遣制度」です。民間企業からデジタル専門の人材を派遣してもらい、デジタル化による地域の課題解決や社会産業の発展を推進することができます。2020年度に始まったばかりのこの制度、実際にはどのようなもので、どのような企業の専門家が派遣されているのか。取り組みの様子を見ていきましょう。
デジタル技術を活用したい自治体が抱える人材不足という課題
地方自治体では、慢性的な人手不足が続いています。自治体業務の改善や住民・地元企業に向けたサービスの提供など、人手不足の中で新しい取り組みを行う際にデジタル技術の活用は欠かせません。地方自治体が積極的にデジタル技術を導入し、少ない人手で効率的に既存の業務を遂行し、生み出されたリソースを使って新しいサービスを提供していくことができるでしょう。
しかし、そう簡単に話は進みません。地方自治体ではデジタル技術に関する知識を有する専門人材(デジタル専門人材)が不足しているからです。総務省の調査(地域IoT実装状況調査(2019年度))によれば、地方自治体の約42%がデジタル専門人材に関して「専門人材派遣による支援」を求めています。つまり、デジタル分野の施策推進に当たって、地方自治体はデジタル技術に詳しい人材が不足しており、また、専門人材を独自に探し出すことが難しいという課題があるのです。
そうした課題を解決すべく、2020年度に「デジタル専門人材派遣制度」が創設されました。これまで、地方創生のための人材派遣制度として「地方創生人材支援制度」がありましたが、Society 5.0の推進を人材面から支援するため、2020年度にデジタル専門人材を民間から派遣する制度が新しく加わりました。
それでは、デジタル専門人材派遣制度とはどのようなものか、見ていきましょう。
地方自治体が課題を解決するために
技術革新のスピードが速く、人材ニーズも高いデジタル分野で、意欲と能力のある人材を民間から地方自治体に派遣するのがデジタル専門人材派遣制度の役割です。この制度の窓口である内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局では、「派遣される方々には、その専門知識・経験・能力を活かし、デジタル技術を通じた地域課題の解決・改善に貢献いただきたい」と話しています。地域課題の解決とデジタル技術の橋渡しをする役割が求められているといえるでしょう。
まち・ひと・しごと創生本部事務局では、派遣される人材に以下のような貢献を期待しているといいます。ひとつは、デジタル技術を活用した地方創生施策全般の企画立案です。地方自治体がデジタル技術を活用する際の方向性や実現手法を提案していく、推進者としての役割が期待されます。
もうひとつは、より具体的な課題へのソリューションの提案や実現に向けた働きです。「5G、スマートシティなど具体的な施策の進行管理や、専門家としての助言・サポート」「スマート農業の実現による農業の成長産業化」「遠隔教育による教育の質の維持・向上」など、地方自治体のニーズに応じた課題への解決策を見出していく役割が求められます。
派遣先での役職は、参事、理事といった肩書からなる常勤職員の場合と、政策参与、デジタル支援アドバイザーといった肩書からなる非常勤職員の場合があります。派遣期間は、原則として半年から2年間。派遣されている期間内に、Society 5.0を実現する技術(未来技術)を活用した事業を通じて地域課題の解決を図るというわけです。地方自治体は、デジタル分野の先端技術やソリューションに詳しい専門人材と協働することで、民間のノウハウや人脈を活用した課題解決の近道が見つけられる可能性が高まるでしょう。
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20市町が派遣を受け入れ、代表的なICT企業が協力
実際、2020年度に始まったこの制度の現状はどのようになっているのでしょうか。デジタル専門人材派遣制度では、20市町が派遣先として決定しています。北海道の上士幌町から、宮崎県宮崎市まで、派遣先の地方自治体は全国にまんべんなく広がっています。実際に人材を派遣する協力企業も、NTT東日本、NTT西日本、NTTドコモ、ITbook、NEC、Google、Gcomホールディングス、ソフトバンク、LINEなど、日本や世界を代表するICT企業の名前が並びます。
例えば、デジタル専門人材派遣制度を活用する山形県長井市では、NTT東日本からの専門家の派遣を受け、2020年7月10日に委嘱状交付式を行いました。未来技術の活用に向けた取り組みを推進するに当たって、派遣された専門家は「形だけのICTではなく、結果として最先端になるICT、中身のある取り組みにしていきたい」とコメントしています。
地方自治体にとっては、引く手あまたのデジタル専門人材の派遣を受けることで、デジタル化を一気に進めるきっかけが得られるでしょう。AI・IoTを活用した自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)化や、防災での緊急情報の収集や情報の一元化、ビックデータの集積・利活用、そして農業や製造業の活性化支援など、地方自治体が解決すべき課題は山積しています。人材を派遣する協力企業にとっても、地方自治体の現場の生の声を聞き、最適なソリューションを提案していくことで、より一層の地方創生へのノウハウ蓄積が実現できます。始まったばかりのデジタル専門人材派遣制度がこれから生み出す成果に、今後も注目したいところです。
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