まずは顧客との接点を活かすことから
カギはバックヤードにあり!?
「おもてなし」―東京オリンピック・パラリンピックの招致で脚光を浴びた5文字は、日本企業のホスピタリティを象徴する言葉となりました。
日本は製造業・職人のイメージが強いものの、現在、GDP(国内総生産)の7割を占めるのはサービス産業です。
サービス産業はまだまだ労働生産性が低く、逆に伸びしろが大きいと期待されています。
顧客に「うれしい」「楽しい」「親切だ」などの満足感を提供し、リピーターの獲得や、評判が広がることによる顧客増を図りたいものです。
顧客を知り、コミュニケーションする
とはいっても、奇抜な仕掛けをする必要はなく、人と人が接するからこそできること―顧客に接する際の気配りの一言や、顧客の要望を確かに受けとめた対応など、「顧客を理解し、関係を継続できるよう円滑なコミュニケーションをとる」ことと言えます。
料理の味や、マッサージの腕などサービスの中身はそれぞれ磨きつつ、サービスコンセプトに沿って顧客との接点を大切にしていきましょう。
例えば旅館なら、立地や設備・内装は簡単に変えられませんが、スタッフの対応力は磨くことができます。
こ顧客の立場になったとして、次のような宿泊体験が得られたらどうでしょうか。
今日はネットで探した旅館に宿泊。ホームページを見ると地域の情報も豊富なので、観光の相談も気軽にできそうだ。予約の際に「高速バスを乗り継いで、○○時ころ着く予定です」と連絡しておいた。
到着すると、「長旅でお疲れでしょうから、まず温泉はいかがですか」と声をかけてもらった。確かに、今日はずっと移動だったから、歩き回る前にゆっくりしよう。
実は、この旅行は30年目の結婚記念。そんなことをチェックイン時に話したら、夕食の配膳時にお祝いの声をかけてくれてメッセージカードも添えられていた。恥ずかしくもありうれしくもあり。
あらかじめ伝えておいたアレルギー対応も間違いなく、食事の前にきちんと説明があった。
廊下で会うスタッフは皆、笑顔。宿泊客のことをよく見ていて、迷っている様子だとすぐに声をかけてくれる。若い人も元気に働いていて活気がある。
2度目の宿泊では、リピートのお礼を言われ、好きな食べ物・アレルギー、枕の希望などを覚えていて、こちらが言う前から確認・対応してくれた。自分のことをよく知ってもらっている感じが心地よい。
華美な設備はないけれど、この旅館は気配りが行き届き、安心して滞在ができる。
スタッフからこのような対応を受ければ、絶景の眺望を有する豪華旅館でなくとも、ファンは増えるのではないでしょうか。
反対に、二度目なのに新規の宿泊者と同様に一つひとつ説明しなければならなかったり、スタッフの手が足りず焦っている様子で顧客への目配りが行き届かなかったりしたら、どう感じるでしょうか。
ネットが普及した今では、心動くサービスを受けたら、口コミはもとよりSNSなどで拡散してくれたり、レビューを投稿してくれたりどんどん拡散していきます。1つの満足が次の顧客を呼び込むのです。
人に依存しすぎず質を保つには?
ただ、こうした顧客対応は、ともすれば経験豊富でスキルの高い一部の人に依存しがちです。全体を見通し、顧客の情報を頭に入れ、その時々に適切な会話や対応ができる人。すべてのスタッフがこうなれば最強ですが、人材育成には時間がかかり、現実はそう簡単にいきません。また、接客スキルの高い人が退職したら、これまで同様のサービスが維持できず、ファンが遠のいてしまうリスクもあります。
優れた個人は会社を引っ張る原動力になりますが、そこだけに依存せず、いつでも誰が担当しても一定のサービスが提供できる仕組みを持ちたいもの。顧客から見て「ハズレ」が少なく期待を裏切られないほうが「おもてなし」の力が高いと言えるでしょう。
会社全体のサービス力へ高め、質を維持するには、
- 業務の標準化・情報共有
- 人材育成
が欠かせません。
基盤になるのが、情報のデジタル化=ITシステムの活用です。
タブレットのようにいつでもどこでも情報を扱えるIT機器が普及し、現場での情報活用が容易になりました。
旅館の例でいえば、宿泊顧客のデータベースをつくり、顧客の住所名前はもちろん、旅行目的、枕や食事の好み、アレルギーの有無、旅のスタイルなどを記録しておくと、必要に応じてフロント、接客係、厨房などの現場で情報を呼び出し、顧客の状況を理解した対応を行うことができます(その場で入力することもできる)。
記憶任せやメモの手渡しをしなくても記録された情報を手元で確認できるので、ミスが減り、現場のスタッフは安心して接客に集中することができるのです。
ホスピタリティあふれるサービスは、バックヤードのIT化があってこそ、なのです。
こうした仕組みは、「働き方改革の推進」にも寄与します。
人手不足の昨今は、一人のスタッフに長時間現場に出てもらうことは難しくなってきています。「朝は早く来られるが残業はできない」「短時間なら働ける」といった多様な働き方を許容し、シフトを組んで仕事を進めることが求められます。
その際、正しく申し送りがなされスタッフが変わってもサービスの質を保つには、情報を一元管理し必要に応じて取り出せるITシステムによる情報共有が威力を発揮します。
頭の中、ノート、走り書きのメモに記録していた「お客様の情報」は、いつでも呼び出し、共有できる顧客データベースとして運用したいものです。
宿泊業のみならず、理美容業、リラクゼーションサービス、介護など、顧客一人ひとりの状況に応じてサービスを提供する分野では特に有効です。美容院なら「ヘアサロン向け顧客カルテ」など、業種に特化したITサービスも提供されています。
小売店などは、ここまで一人の顧客に密着したサービスは提供しませんが、購買履歴をデータ化することで、顧客のし好や購買頻度に基づいた接客が可能になります。
インバウンド向け外国語対応はできていますか
ビジネス環境の変化を受けて対応を急ぎたいのは海外から日本への訪問者、インバウンドへの対応です。
日本政府観光局のデータによると、2006年の733万人だった訪日客数は2016年には2400万人と、10年間で3倍以上に増加しました。
- 日本政府観光局「年別 訪日外客数、出国日本人数の推移(1964年‐2016年)」より抜粋
法務省資料に基づき、外国人正規入国者のうちから日本に永続的に居住する外国人を除き、さらに一時上陸客等を加えて集計。
日本語という独自の言語を持つ日本は、海外の方にとって、まだまだ「観光の際に表示が分かりにくい国」です。
「自分が日本語を知らなかったら、スムーズに行動・観光できるか?」との目線で捉えると、準備すべきことはたくさんあります。外国語によるパンフレット・地図、メニュー、館内表示、そしてホームページなどをできるだけ早く進めましょう。
飲食店では、タブレットによるセルフオーダーシステムも一考に値します。
外国語対応しているセルフオーダーシステムを導入すれば、言葉の心配なく画面の写真を見ながら注文することができます。発音があいまいなことによる聞き違いなども防げるでしょう。
スタッフの外国語習得はもちろん進めたいですが、翻訳アプリや、テレビ電話を使った遠隔の通訳サービスなども提供されていますので、こうしたツールの活用も選択肢の1つです。
現金以外の決済方式へ対応を
もうひとつ、対応が急がれるのが決済手段です。現金支払いが根強い日本では、クレジットカード決済に未対応のお店がまだまだあり、カード支払いを希望する海外からのお客様に不便を強いています。2015年の資料ですが、世界各国のキャッシュレス決済比率(クレジットカード、デビットカード、プリペイドカード)が米国の45.0%に対して日本は18.4%、中国は60.0%です(2018年5月経済産業省発表資料より)。
- 【出典】世界銀億「Household final consumption espenditure(2015年)及びBIS「Redbook Statistics(2015年)」の非現金手段による年間決済金額から算出
- ※中国に関してはBetter Than Cash Allianceのレポートより参考地として記載
いくら笑顔で対応しても、「両替した現金があとわずかなので買物ができない」なら、顧客にとっては冷たい対応になってしまいます。
中国ではスマートフォンを使った決済システム「Alipay(アリペイ)」や「WeChat Payウィーチャットペイ)」が急速に普及しており、中国からの旅行者が多い地域は、新しい動きにも対応したいところです。
多様な決済方法に1つひとつ対応するのは大変ですが、タブレット+専用端末によって複数のクレジットカードや決済方式に対応できる決済サービス(例:Coiney)も提供されており、導入の障壁は下がっています。
地域の特性や客層に配慮してよく検討し、適したキャッシュレス決済システムを導入しましょう。
おもてなしを見える化する!
これまでサービス産業には品質を評価する基準がありませんでした。
そこで2017年から、上記に紹介したポイントを含め、取り組みを見える化する規格認証制度が、経済産業省にて実施されています。
「おもてなし規格認証」です。
おもてなし規格認証は、紅、金、紺、紫の四段階あり、ファーストステップが紅認証です。
公開されている30の規格項目について、自己適合宣言(該当項目をチェックして申請)することにより無料で取得できます。30項目のうちの実施項目数が一定以上であれば、金、紺、紫を申請することができます(有償。第三者認証)。
「サービス向上の取組に意欲的なサービス提供者」であるとのお墨付きをもらい、自社のサービス力を積極的にPRしていきましょう。
おもてなし規格認証の規格項目は大きく次の7分野に分かれています(それぞれの分野にいくつかの項目があり、合計30項目となる)。
おもてなし規格認証の規格項目分野(2018年公開の内容)
1.情報提供 | インターネットを活用した情報発信など |
---|---|
2.設備 | クレジットカード対応、店内外サインなど |
3.職場などの環境改善 | 健康や働きやすさへの配慮、5Sなど |
4.業務改善 | バックオフィス業務の効率化、サービス品質向上に向けた定期的な取り組みなど |
5.ツールの導入・用意 | 顧客管理システムなどのIT活用、外国語による説明ツールなど |
6.顧客理解・対応 | 顧客の声などの分析、外国文化の理解など |
7.人材教育・育成 | 高齢者・障がい者へ施設と心のバリアフリー接客方針の整理、外国人顧客への接客ポリシーの徹底など |
まずは自社がどのくらい対応できているか、「おもてなし度」をセルフチェックしてみてはいかがでしょうか。
最後に、「おもてなし」の推進においては「やりすぎない」ことも大切です。「顧客を感動させなければ」「顧客の言うことをなんでも聞かなければ」と考えすぎると、スタッフの過重労働を招いたり、コストがかかりすぎて生産性が下がったりと、別の面にマイナスが生じることもあります。自社のラインを持ち、顧客の要望と上手にバランスを取るようにしたいものです。
「おもてなし」は、自社の強みを大切に働く側も無理せず、顧客をよく知り、喜んでもらえるサービスを継続的に提供できる(きちんと利益が出せる)、ITの活用を含めた経営のあり方と言えます。
連載記事一覧
- 第回 【COMPASS presents】顧客満足へ、"おもてなし"力を高めるとは?2019.01.07 (Mon)
- 第回 【COMPASS presents】顧客と会社の情報をきちんと守れる会社に2019.01.07 (Mon)
- 第回 【COMPASS presents】人口減少とICTの進展 これからの企業経営へのヒント2019.01.07 (Mon)
- 第回 【COMPASS presents】人手不足を乗り越える2019.01.07 (Mon)
- 第回 【COMPASS presents】柔軟な働き方の実現とICT活用2019.01.07 (Mon)