2021.10.21 (Thu)
スマートシティ技術の“いま”(第4回)
横浜市のスマートシティは、今どうなっているのか?
<目次>
- 「地球温暖化は市の課題」2010年8月にプロジェクトがスタート
- ピーク時に増えすぎる電力消費量は「電気料金」で抑えられる
- 「実証で終わってはもったいない」2015年からは実装がスタート
- 住宅やビルを"1つの発電所"と見なし、電力の負荷を抑える「VPP」とは
- 企業と国を「市」が仲立ちすることには意味がある
「スマートシティ」とは、IoTなどのセンサーやAIを搭載したカメラなどのICT機器、それらで収集したデータを利用する管理システムなどのデジタル技術を活用し、都市や地域の機能やサービスを効率化したり高度化したりすることによって課題を解決し、快適性や利便性をはじめとした新しい価値を生み出す取り組みを示す言葉です。
日本では現在、さまざまな地域でスマートシティを推進する取り組みが進められていますが、実は今から10年以上も前の2010年に、スマートシティをスタートしていた街があります。神奈川県横浜市の「横浜スマートシティプロジェクト(YSCP)」です。
なぜ横浜では、IoTやAIがまだそれほど普及していなかった2010年から、スマートシティがスタートできたのでしょうか? そして、横浜の街はどのように"スマート化"されたのでしょうか? 同市 温暖化対策統括本部 プロジェクト推進課長の岡崎修司氏に、同市のスマートシティの取り組みとその成果、今後の展望について話を聞きました。
「地球温暖化は市の課題」2010年8月にプロジェクトがスタート
横浜市がスマートシティへの取り組みをスタートしたのは、2010年8月のこと。地球温暖化対策の一環として、横浜市が低炭素都市の実現を目指し立ち上げた「横浜スマートシティプロジェクト(YSCP)」がきっかけでした。
「世界の年間平均気温は、過去100年間で、約0.72℃上昇しています。日本でも、ゲリラ豪雨、異常気象など地球温暖化の影響と思われる自然災害が深刻化しており、2006年、2014年にはそれぞれ台風による大規模な浸水被害が発生しました。横浜市では、こうした地球温暖化がもたらす影響を自治体の課題の1つとして捉えています。YSCPも、その対策の一環です」(岡崎氏)
YSCPは、国の『次世代エネルギー・社会システム実証地域』に選定され、「横浜スマートシティプロジェクト実証事業」と銘打ち、2010年度から2014年度まで実施、地域全体のエネルギー管理システムについて、技術実証を行いました。具体的には、一般家庭4200世帯にHEMS(Home Energy Management System:ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)を導入し、さらに2300台のEV導入、3万7000kWの太陽光発電の導入といった施策も行われました。
ピーク時に増えすぎる電力消費量は「電気料金」で抑えられる
このプロジェクトで特に注力して行われたのが、電気料金型デマンドレスポンスによるエネルギー管理です。
電気料金型デマンドレスポンスとは、基本料金+従量料金という通常の電気料金設定に対して、電気の需要量が高まる時間帯の電気料金を高く設定したり、需要が逼迫した際など特定条件時に料金を引き上げたりすることで、電力の消費を抑制する仕組みです。ピーク時の電力消費を抑えることで、電力供給設備の稼働を抑えつつ、維持管理の手間も不要にする効果が期待できます。
YSCPでは2013年度夏季に、約1900世帯を対象に電気料金型デマンドレスポンスの実験を実施。13時から16時までのピーク時間帯(デマンドレスポンス時間帯)に、通常より高い仮想の電気料金が設定されました。
「デマンドレスポンスによるピークカット効果は、最大で15.2%確認できました。家電や給湯器は、料金が安価な早朝や深夜帯に使用し、昼間はなるべく使わないという、住民の行動パターンの変化が起きたことが見て取れました」(岡崎氏)
続く2014年度夏季の実証実験では、約3500世帯を対象に、国内最大規模の省エネ行動実験が行われました。ここでは、新たな料金メニューに移行した場合のメリット・デメリットの提示など、需要者の負担感を抑えるための効果的な誘導策および電力削減効果を検証。その結果、情報提供と特典付与によって新料金メニューへの加入促進効果を確認でき、情報提供を行った場合の加入率は、ただ勧誘しただけのグループの2倍、さらに特典付与を行った場合は3倍となることがわかりました。
「前年度の実証成果や、類似世帯の実績をもとに試算し、新たな電気料金メニューへ参加した場合のメリットやデメリットといった情報提供の実施や、特典付与を行うことによって行動変容を促し、結果多くの方に新料金メニューへ参加いただくことができました。新料金メニューに加入された方にはHEMSを活用した省エネ実証にもご参加いただき、電力削減効果の検証も行い、大きな成果が得られました。」(岡崎氏)。
デマンドレスポンスの対象は、住宅だけではありません。中小規模(50~500kW)、大規模(契約電力500kW以上)のビルについても管理を行うことで、節電量の最適配分やデマンドレスポンス対応能力の最大化を行う「BEMS(Building and Energy Management System:ビル・エネルギー・マネジメント・システム)」の実証実験も行われました。
2013年の冬から夏にかけて行われたBEMSによるデマンドレスポンス実証実験は、CEMS(Community Energy Management System:地域エネルギー・マネジメント・システム)とBEMSを連携させ、各ビルの節電調整能力に応じてデマンドレスポンス要請量を各ビルに配分し、節電・省エネ等を実行するというもので、最大20%超のピークカットを達成。2014年の夏には、電力削減量の確実性を向上させる実証実験も行われ、目標に対して9割を超える削減量になったといいます。
「実証で終わってはもったいない」2015年からは実装がスタート
このように実証事業ではさまざまなプロジェクトが展開されましたが、「実証実験で終わってはもったいない」(岡崎氏)ということで、2015年度以降は第二弾として、その成果を実装する「横浜スマートシティプロジェクト実装事業」へ移行しました。
実装事業の1つとなったのが、南区にある総合庁舎の整備事業です。同庁舎は築40年が経過し、災害時でも業務を継続できる耐震補強やエネルギーセキュリティの強化が必要といった課題を抱えていました。
市はこの対策として、移転再整備を予定していた南区総合庁舎において、移転先近隣の横浜市立大学附属市民総合医療センターとエネルギー連携を行うことで、エネルギーセキュリティを強化することにしました。
この整備事業では、近隣の横浜市立大学附属市民総合医療センターに、高いエネルギー効率で電気と熱を造るガスコージェネレーションシステム(ガスCGS)を導入、発電した電力を南区総合庁舎に供給します。ガスCGSはYSCP実証で培った技術を活用したBEMSによって最適運転することで、環境性・経済性・防災力を向上させるエネルギー連携を実現し、南区総合庁舎の電源セキュリティ強化とCO2排出量の削減を図りました。
住宅やビルを"1つの発電所"と見なし、電力の負荷を抑える「VPP」とは
YSCP実証事業で培ったノウハウを、民間と連携するための取り組みも行われています。
市は2015年4月に、防災性、環境性、経済性に優れたエネルギー循環都市を目指すための新たな公民連携組織である「横浜スマートビジネス協議会」を設立。同協議会には建設会社や電気・機器・設備会社、エネルギー会社など24社が参画しています(2021年9月末時点)。
「2015年度は100%国補助金を活用して事業可能性調査および設計を行い、2016年度も国庫補助金活用して機器の導入を実施しています。国が需給調整市場の創設に向けた動きを見せる中で、横浜市としても事業を展開しようというのも狙いの1つです」(岡崎氏)
横浜スマートビジネス協議会の具体的な取り組みのひとつが、VPP(バーチャル・パワー・プラント=仮想発電所)構築事業です。VPPは、ビルや家庭などが所有する蓄電池や発電設備、EVなどを、高度なエネルギーマネジメント技術により遠隔・統合制御し、あたかも"1つの発電所"のように機能させて、電力の需給調整に活用する仕組みのことです。これにより、ピーク時間帯の需要量を減らしたり、別の時間帯に移したりすることで、電力の負荷が平準化でき、発電所の維持費や設備投資を抑えることも可能になります。
横浜市では、参画企業と連携し、蓄電池を小中学校や区庁舎に設置し、VPPとして利用するプロジェクトを行っています。非常時には防災用電源として活用することで、地域の防災力の向上にも貢献できます。
このVPP構築事業は、自治体間の連携の動きも出てきています。2019年1月に横浜市で開催された、第1回自治体VPP推進連絡会議には、横浜市とともにVPP事業を先行して進めてきた仙台市、静岡市、小田原市、大阪市のほか、推進を目指す全17自治体、経済産業省資源エネルギー庁、関東経済産業局、企業10社が参加しました。計3回実施された同会議では、VPP構築事業に取り組む先進自治体の知見や課題等を参加者間で共有し、多様な事業事例を情報発信することにより、全国の自治体への普及拡大が図られました。
ちなみに横浜市では一般公用車のEV(電気自動車)化も推進しており、一般公用車を全て2030年までにEVやFCV、PHEVといった次世代自動車にすることを目指していますが、EVを移動手段だけでなく、VPPのようなエネルギー需給調整装置として、もしくは災害時のBCP対策として活用することも見込んでいます。
市は2019年度より、公用車EVを用いた経済産業省のV2G(Vehicle to Grid)実証に協働自治体として参画。2019~2020年度に行われた実証実験では、公用車EVを充放電器に接続し、VPPとしての需給調整性能や、電力系統への影響について評価しています。
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企業と国を「市」が仲立ちすることには意味がある
横浜市がこのようなスマートシティ事業を推進できた背景には、国や民間企業との連携があったと、岡崎氏が語ります。
「横浜市は地方自治体としては最大規模ではありますが、他の自治体と同様に財政は苦しく、人員や予算は決して多くはありません。横浜市がお金を出して取り組むというよりも、国と民間企業の間、企業と企業の間の調整という形で連携を進めています。
エネルギーマネジメントや脱炭素社会の実現を目指す上では、大企業との連携が主になっていますが、市役所としては大企業だけでなく、中小企業や一般家庭にも目を向けていかなければなりません。実証事業において中小企業同士や中小企業と大企業のマッチングにも取り組んできました」(岡崎氏)
横浜市が国や企業との間を「仲立ち」するのは、スマートシティの可能性を大きく広げるためです。
「補助金によっては自治体との共同申請や推薦が必須となっている場合や、補助額が換わる場合があります。また、補助要件などを市が積極的に情報収集するなど、補助採択に向けてさまざまな協力を行うことができます。自治体と民間企業の連携がうまくいけば、企業側は事業として進められますし、自治体としてはニュース性のある事例としてPRできます。横浜市では、スマートシティ関連に限らず民間事業者からの公民連携に関する相談や提案の窓口となる『共創フロント』を設けて、民間の皆様からの提案に対して市役所各部署との橋渡しを行っています。
国は現在、2030年から2050年に向け、脱炭素社会を実現しようとしていますが、そのためにはさまざまな技術を持った事業者がスマートシティに参入する必要があります。横浜スマートビジネス協議会の会員もまだまだ増やしていき、エネルギーマネジメントに限らず、総力戦で脱炭素化を進めていきたいと思っています」(岡崎氏)
世界中の国や行政機関、企業がSDGs*への取り組みを加速させるなか、横浜市も2018年6月に国から「SDGs未来都市」の選定を受けるなど、エネルギーマネジメントに続き、この分野においても国内の基礎自治体をリードし続けています。同市のスマートシティの取り組みからも、新しい社会の創出に向けた姿勢が伝わってくると言えるでしょう。
*SDGs:Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標:2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。
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