2016.08.26 (Fri)

遊びからビジネスの種を見つけた男たち(第3回)

「バンジージャンプ」はなぜ世界的にヒットしたのか

posted by 味志 和彦

 世界中で大ヒットした商品やサービスは、実は身近にあるものからヒントを得て生まれていることがあります。第3回目では、ある地方の風習から生まれた遊びを紹介します。

小さな島国から生まれた、世界的なエンターテインメント

 オーストラリア東部、南太平洋に浮かぶ小さな島国「バヌアツ共和国」には、「ナゴール」と呼ばれる独特の風習が残っています。何十メートルもの高いやぐらを作り、青年たちが足に植物のつるを巻き付け、地面に向かって飛び降りるのです。成人の儀式、あるいは豊作を願う際の儀式として行われる習慣です。

 これが、いわゆる「バンジージャンプ」の元ネタです。

 今やバンジージャンプは、世界中に愛されるエンターテインメントとなりました。日本でもよみうりランドなどの大型施設で導入されているのはもちろん、地方では村おこしのイベントにまで採用されています。

 このように今でこそ「スリル満点の遊びのジャンプ」として定着していますが、一昔前にはまだ認知されていませんでした。状況が変わったのは一人のビジネスマンの力がありました。

民族儀礼をビジネス化するためにまず行ったこととは

 バンジージャンプがまだナゴールと呼ばれていた頃、文化人類学者や好奇心旺盛な冒険家など、一部の人々にはその存在は知られていました。真似をして橋から飛び降りる人達や、競技として取り入れるスポーツ団体もあったのです。しかし、世界的に広く知れ渡るまでには至りませんでした。

 そんな中、ニュージーランド人の起業家A・J・ハケット氏は違いました。元々ラグビーやスキーの選手としてスポーツに打ち込んでいたハケット氏は、この冒険的なジャンプに魅せられ、自分も挑戦するようになります。

 ここまでは一部の好事家と同じです。しかしハケット氏は珍奇な風習と面白がるだけでは済ませませんでした。ナゴールをスリルと興奮のエンターティメントとして評価し、「ビジネスにできないか」と思い立ったのです。

 ビジネス化に向けて、まず力を入れたのが「より安全に」ということでした。ナゴールはもともと、命がけで勇気を試す儀式です。バヌアツでは命綱の長さを間違えたり、綱がほどけるなどして、冗談で済まない事故も起きていました。ビジネスの場合、それでは成り立ちません。

 ハケット氏はまず命綱を工夫します。ゴムやプラスチック、パラシュート用のハーネス(固定具)を使うなどして、最適な器具と装着方法を考え出します。時には安全技術の向上のために、大学の専門家にアドバイスも仰ぎました。個人の体格の違いを考え、飛ぶ前にコンピューターで最適な長さを算出したり、セーフティーネットを用意するなど、事故のリスクを減らすことに尽力します。

無料で世界中にアピールできた秘密

 ハケット氏は安全性とともに、バンジージャンプをメジャーにするために大胆なPR戦略を採りました。わざわざ国の名所、高層ビル、大橋のような所から飛んでみせたのです。

 ある時はパリのエッフェル塔から飛び降りて話題をさらいます。その様子は“たてこもり事件”としてテレビ中継されたほどでした。わざわざ足に綱をつけてダイブする奇人に世間は仰天します。ジャンプ後、ハケットは警察に逮捕されてしまいました。

 言ってみれば、テレビの「衝撃映像100選」や「びっくり人間ショー」のようなノリですが、一連の“お騒がせ”は、世界中のマスコミによって配信されました。ほとんど無料でPRされたようなもので、アメリカでは「タイム」誌の表紙にもなりました。

 バンジージャンプは一躍世界に知られ、ハケット氏の元には実演依頼や、ジャンプアトラクションの建設や、安全器具の注文が殺到しました。太平洋に浮かぶ小さな島国の民族儀礼であるナゴールが、バンジージャンプという世界レベルのビジネスへと拡大したのです。

皆と同じものを見ながら、そこに何か違う可能性を見出せるか

 こうして世界的に人気となったバンジージャンプですが、近年バヌアツの人々の間では、ハケット氏にお金を請求できないかという動きがあるそうです。最初は地元文化が世界に広まったと喜んでいたのですが、だんだんと不満が生まれてきたということです。

 なにしろ、今やハケット氏のバンジージャンプ事業は100億円近くの資産価値に達しています。ハケット氏自身も有名人となり、ジャンプした場所は記念地にまでなりました。優れたビジネスマンとして賞までもらっているのです。

 その華々しい成功に比べ、アイデア元であるバヌアツはあまり潤っていません。

 バンジージャンプは、「遊び」としてみれば極めてシンプルです。他の誰かが先に事業化を思いついていたら、ハケット氏の出る幕はなかったでしょう。バヌアツの人々に至ってはアイデアの種と日夜暮らしていたようなものです。

 世界的なコーヒーチェーン店のスターバックスも、バンジージャンプと似たようなケースといえるでしょう。スターバックスの実質的な創業者であるハワード・シュルツ氏は、仕事でたまたま訪問したイタリアで、カフェ文化に出会い魅了されます。シュルツ氏はこのカフェ文化を事業化し、コーヒーチェーンとして世界的に成功させました。

 “ネタ元”のイタリアでは、バヌアツと同じく不満があるそうです。「自分たちの文化」だったのに、外国人がビジネスとして成功させてしまったわけですから。

 しかし一歩引いて考えれば、事業にするチャンスは誰にでも平等に用意されていました。地元民だけでなく何百万の訪問客が、同じ洗練されたカフェ文化を目撃していたのです。

 皆と同じものを見ながら、そこに何か違う可能性を見出せるか否か。そのほんの僅かな差が、ビジネスの成功に大きな影響を与えることが、バンジージャンプの例からは学ぶことができます。

味志 和彦

味志 和彦

佐賀県生まれ。産業技術の研究者を経て雑誌記者など。現在コラムニスト、シナリオライター。

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