中高生が食・農への探究を深める、3泊4日北海道幕別町の旅
関東に在学する中高生が、食と農への探究を深めるために北海道幕別町(まくべつちょう)へ。農家での収穫体験や現地の高校生との交流などを経て、生徒たちには、そして受け入れをした幕別町にはどのような影響がもたらされたのでしょうか。NTT東日本と幕別町の協力体制で実施された「探究ツアー 食・農編」。同ツアーは、就農体験や施設見学など食・農の探究を通して、生産、加工、流通、販売、消費に至るフードバリューチェーンの理解を深めることを目的とした、募集型企画(複数の学校から生徒が参加可能)のツアーです。
このツアーには関東の中学生ならびに高校生が参加し、事前学習の後、3泊4日の幕別町への旅に出かけました。幕別町商工観光課の本間課長と、現地へ行った生徒のうち、高校2年生の村田さんと中学1年生の鈴木さんにお話を伺います。
「食・農」には留まらない、探究ツアー参加への想い
NTT東日本と幕別町の協働によって実現した「探究ツアー 食・農編」。参加した生徒たちは、事前・事後学習に加えて3泊4日で幕別町へ赴き、農家での収穫体験や卸売市場の見学、幕別町発祥であるパークゴルフの体験などを通して、食と農ならびに幕別町への理解を深めました。
生徒たちの発言からは、自らが手を挙げて参加する募集型企画のツアーだからこその、食・農に対する意識の高さが感じられます。
「わたしは農業高校に就学していて、普段から農業に触れています。そのような環境下で気づいたのは、野菜の生育への悪影響であったり、害虫被害が増えたりといった、温暖化に伴うさまざまなデメリットです。温暖化対策は、農業において重要な課題だと感じています。今回のツアーでも、新たな課題に気づけるのではないか
と思いました」(村田さん)
「わたしは普段から料理やお菓子を作るのが好きで、原材料は何なんだろう、どういった過程を経て食材ができているんだろうといった興味を抱いていました。そんなときに学校を通して募集を知ったのが、この探究ツアーだったんです」(鈴木さん)

食・農をきっかけに、遠く幕別の地で学びを深めることになった、年齢も生まれも異なる生徒たち。さらには、特色豊かなツアーへの参加にあたって生徒たちが抱いていた想いは、食・農への探究に留まらず、自身の成長を期してのものだった
ことが分かります。
「参加を決めた理由として、一人で行動できるようになりたい、という想いも強くありました。わたしには姉と妹がいて、いつも姉についていきがちだったんですよね。そこで、初対面の知らない人ばかりの環境に身を置いて、自分からどんどん動けるようになりたいと思いました」(鈴木さん)
「食・農への興味はもちろんですが、参加にあたっては自分自身に自信をつけたい、成長したいという想いのほうが大きかったかもしれません。わたしはずっと一人が怖くて、たとえば不安を抱えすぎて大事な検定を受けそびれるような、一人で動くべきタイミングを逃してしまう経験が多々ありました。そんな自分を変えたかったんです」(村田さん)
食・農への探究心に加えて、生徒たちが根幹で抱いていた「自分を変えたい、変えるきっかけを作りたい」という強い想い。実は幕別町としても、今回参加した生徒たちのような「目的を持った生徒」を受け入れたいという考えが、かねてからあったようです。
能動的な生徒の受け入れによる、幕別町の喜びの声

幕別町では、コロナ禍以前、関西の修学旅行生を民泊で受け入れていた素地がありました。1学年400名ほどの生徒を各町あたり40名程度に振り分け、さらに1家庭につき3、4名を泊める形です。
「幕別町について何も知らない生徒が就農体験をして、町の主要産業である農業の学びを持ち帰っていくことは、幕別町や受け入れを行っていた家庭にとって、よかったね、と感じられる
ものでした」(本間課長)
しかし「探究ツアー 食・農編」に参加した生徒に対して、本間課長はより深い想いを抱いていました。
「NTT東日本さんが都会の生徒を、それも、元から食や農業について学びたいという前向きな気持ちの生徒を集めてくれたことで、我々にとっても大きな気づき
がありました。修学旅行でやって来る生徒さんたちは、食・農に対して元々興味があるわけではないため、どうしても受動的になってしまう傾向があります。けれど、探究ツアーで訪れた生徒さんたちは、民泊先や農家さんに対して率先して質問を投げかけ、いろんなことをどんどん吸収してくれる
んですよ」(本間課長)
能動的な生徒の受け入れは、実際に関わった幕別町の人々にとっても喜ばしいものだったようです。
「民泊先や就農体験を提供した農家の方からは、楽しかった、学ばせてあげたいという想いが叶った、という声が挙がっているようです。3泊4日というツアー期間もよかったと思いますね。1泊だけではなし得ない、密度の濃い時間を互いに過ごせているように感じました」(本間課長)
食・農への学びを通して得られた、気づきや変化
生徒たちを好意的に迎え入れ、さまざまな学びや探究のきっかけを提供した幕別町。一方の生徒たちは、3泊4日の滞在でどのような想いを抱いたのでしょうか。
「プログラムはどれも楽しいものでしたが、とくに3日目がてんこ盛りでした! 3日目の朝に帯広地方卸売市場でせりを見学させてもらったのですが、物流の始まりはこんな感じなのかとワクワクしました。あとは北王農林さんで見た、わさびの栽培も印象に残っています。わさびが生えているのを見るのは初めてで、こんな形で育つんだというのはもちろん、こんなに手をかけないと育てられないのかと衝撃を受けました。普段自分たちが食べている食品の一つひとつに、雑草抜きや種まきといった生産者さんの見えにくい努力が詰まっていた
んだなって」(鈴木さん)

「わたしは、農業高校に通っているので生産の基本は理解しているつもりでしたが、流通には触れてこなかったことに改めて気づくきっかけとなりました。実際に、野菜を市場から店舗へと届ける様子を見たり、現地の方とお話しさせていただいたりする機会を通して、フードバリューチェーンを自身の経験から落とし込めた
ように思います」(村田さん)
食・農にまつわるさまざまな体験を通して、気づきを得た生徒たち。自身の根幹となる感じ方や行動にも変化が生まれたと話します。
「新しいことに挑戦する自信がつきました。ツアー前は不安で仕方なかったのですが、パークゴルフの体験をきっかけにメンバーとたくさん話ができて、代えがたい友情が得られたことによって、自分の感情も変化した
ように思います。ツアーが終わった今でも、一人で不安を感じるときは正直あります。けれど、わたしには幕別町での経験があるんだから! 大丈夫! って、心の支えになっているんです」(村田さん)
「ツアーメンバーの中ではわたしが最年少で、そのことを知った初日の朝は、あれっ、大丈夫かな?! と思いました(笑)。けれど、そんなわたしの想いをよそに、ツアーメンバーや現地の高校生のみんながとてもフラットに接してくれて、いい意味で年下として意識されていない感じが嬉しかったです。また、ツアー中のコミュニケーションを通して、自己開示の大切さについて知ることができました。まずは相手をよく見て、いいなと思ったところを褒めたり、無理のない範囲で頼ったり、相手に対して自分ができることを発信したりといった行動をツアー後も続けてみたら、同じ学校で先輩の友だちができたんですよ!」(鈴木さん)
実のところ、本間課長は初対面の生徒同士が仲良くなれるかどうか、一抹の不安を抱いていたようです。しかし、それは杞憂だったと話します。
「本当に、みんな地域の人や地元の高校生とも馴染んで、終始仲良く和気あいあいと過ごしていましたよ。このような体験を経て、生徒さんたちは関東に戻っても幕別のことを思い出したり、たまにはスーパーで幕別産のものを選んでくれたりするでしょう。ツアーを通して関係人口が創出できていると思います」(本間課長)
探究ツアー後も生活に溶け込む「食・農への想い」
本間課長の想いに沿うように、ツアー参加後は食・農や幕別町が身近になったと生徒たちは話します。

「幕別町でお世話になった酪農家さんが作っている牛乳が、近所のスーパーでも買えるものだったので、ツアーから帰ってからはその牛乳を手に取るようになりました。
食料自給率に関する課題も知れたので、料理やお菓子の材料を買うときに、できるだけ生産地に気を配ろうという意識も芽生えました。普段の買い物やふるさと納税など、たとえ些細な行動だとしても、自分たちにできることから恩返しがしたい
です」(鈴木さん)
「わたしは、十勝(とかち)の野菜をお土産として家に持って帰ったのですが、家族みんな、美味しい! と喜んでくれて、我が家は一気に十勝の野菜のファンになりました。なんとなく、北海道産のものが周りに増えた気もします(笑)。現地で収穫した野菜と同じ種類のものをスーパーで見かけると、“食・農”の旅の思い出がよみがえります。なんだか元気になれるんです」(村田さん)
食・農への探究を通してフードバリューチェーンについて学びながら、コミュニケーションや自身のあり方など、今後の人生にも関わる大きな気づきを得られた生徒たち。また、生徒たちは食・農に関する今後の学びについても、能動的に考え始めているようです。
「今回は搾乳体験や収穫など、興味の入り口となるような体験を多くさせていただいたように思います。生産者さんとお話しすることで初めて知れた、雑草抜きや害虫の駆除といったスポットライトが当たりにくい作業も、今後の機会で体験できたら嬉しいです」(鈴木さん)
「市場見学をしたことで、農業高校での座学だけでは知れなかったフードバリューチェーンについて、強く興味を抱きました。これからは流通の側面からも食・農を学んでいけたら
と思います」(村田さん)
彼らの発言からは、このツアーを通して得られた気づきが、次のステップへつながっていることが分かります。幕別町での経験は今後も彼らの心の中に残り、食・農への新たな探究を生み続けるでしょう。