台風第19号で実証された被災者支援への
ICT導入の有効性とモバイルシステムの機動力
茨城県は、2015年9月に関東・東北豪雨による鬼怒川氾濫で被災し、2016年4月に起きた熊本地震では応援として熊本県へ職員を派遣しました。こうした災害時の応援・受援の経験を経て、地震や豪雨など広域での大規模災害対策においては、県内外の市町村が協力体制を整えることの必要性を感じたといいます。
その後、茨城県は県内の43市町村が参加する共同整備事業として、NTT東日本が開発に参加する「被災者生活再建支援システム」を2018年に導入。自治体間での応援・受援を重視するとともに、現場での機動力を高めるタブレットを使ったモバイル調査も含め、2019年4月より運用を開始しました。
「広域災害時の迅速な被災者支援の応援・受援を可能にするのは、自治体間の連携した相互支援体制です」と訴える茨城県 防災・危機管理部 防災・危機管理課 主査 大関 裕之氏に、被災者生活再建支援システムの効果と導入後の課題をお聞きしました。
【目次】
茨城県
全国の自治体との連携をめざす。
被災者支援には「市町村間の連携」が必要不可欠、
異例の県主導で43市町村を説得しシステム導入
――本システムを導入したきっかけと経緯をお聞かせください。
大関氏:災害時における「被災者生活再建支援システム」の有効性をはじめて知ったのは、2016年12月、熊本地震直後から現地で災害対応にあたった国立研究開発法人防災科学技術研究所の林春男理事長の話をお聞きしたときでした。
また、2016年4月の熊本地震で現地へ応援に行った職員から「被災者生活再建支援システムがなかったら十分な対応はできなかった」とシステムの必要性を訴えられたことも大きな後押しになったと思います。
これらをきっかけに茨城県においても広域災害が発生した場合に備えて、漏れのない支援を県民のみなさんに提供できるよう同システムを県内共通のものとして整備することは急務だと考えました。
そこで翌2017年には県内の市町村にシステムについての説明会を実施し、2018年には県内43市町村が参加する協同整備事業として同システムを構築。2019年4月より運用を開始したというのがこれまでの経緯です。
防災・危機管理課主査
大関 裕之 氏
――システム選定を市町村に委ねることなく、なぜ県が主導となって導入なさろうと考えたのか、また43もの市町村の合意を得るためにどのような活動をされたのかお聞かせください。
大関氏:たしかに災害対策基本法において、り災証明書の交付は各市町村が行う業務で、県が担うものではありません。しかし、大規模災害時に各市町村だけで対応するのは困難です。市町村間で連携できれば、近隣の市町村が災害に見舞われたとしても県内で相互の応援や受援がスムーズにできるようになり、相互支援の効果が期待できると考えました。しかし、システムの導入を市町村任せにするのは荷が重すぎます。そこで、県主導のもと市町村を牽引していかなければ実現できないだろうと考え、まずは市町村の理解を得ることに注力しました。そのため、被災市町村間においてバラツキなくり災証明書を交付するためには、ICTシステムの活用と市町村間の連携が必要不可欠であるという強い思いがありました。
2017年5月から市町村に説明しはじめ、デモンストレーションを実施する等さまざまな方法で理解を得られるよう努めました。すると2ヵ月が経った頃には早くも約30の市町村から、そして5ヵ月後の10月には39市町村が、システム整備にかかる費用を負担しても導入を進めたいという同意の回答をいただきました。
そこからさらに粘り強く市町村に対して説明を重ねた結果、最終的に43の市町村から同意を得ることができ、システム導入と運用開始に漕ぎ着けました。
2019年の台風第19号で本格稼働。建物被害認定調査と
り災証明書の発行を迅速化、システムの有効性を証明
――システム導入後に、台風第19号が日本全国に大きな被害を与えました。当時茨城県では、システムを導入された後でしたが、そのときのご対応で感じられたことをお聞かせください。
大関氏:関東地方に甚大な被害をもたらした2019年の台風第15号に続いて発生した台風第19号は、記録的な豪雨となり、関東地方や甲信地方、東北地方などに甚大な被害をもたらしました。
茨城県でも県内を流れる那珂川(なかがわ)および久慈川(くじがわ)などで氾濫し、堤防決壊などは12カ所以上にのぼり、周辺の市町村では多くの家屋が浸水して、住民の方々が避難所に退避する状況が発生しました。
我々は10月13日から対策本部を設置して備えましたが、システムの運用開始以来はじめての本格稼働であったため、市町村ではまだ十分な準備が整っていませんでした。
急ぎシステム環境を整えるため、構築していただいたNTT東日本さんにも多数の人員を派遣していただき、システムが稼働できるよう準備にご協力いただきました。そのとき応援に入っていただいたのが、県内の5つの市町(水戸市、常陸太田市、常陸大宮市、城里町、大子町)です。
茨城県 災害対策本部
迅速に建物被害認定調査を完了し、円滑なり災証明書の交付につなげたかったので、この5つの市町には、モバイルシステムを活用した建物被害認定調査をお願いしました。タブレットやスマートフォンなどのモバイル端末は、防滴袋に入れることで、雨の中でもすばやく建物被害認定調査が行えますし、データ化作業などを省力化できます。それがモバイルシステムを導入した理由でした。
これにより茨城県では、被災1ヵ月後で申請されたり災証明書の8割強を発行することができました。同様に被害を受けた近隣の栃木県や福島県と比べて、かなり早い段階で高い発行率を達成したことで同システムの有効性を実証することができたと思います。
相互支援体制を構築していく上で重要なのは、
同じシステムを通じて連携すること
――実際の災害でシステムを使われてみて、課題として見えてきたことはありましたか。
大関氏:はい、システムを導入するだけでなく、使い手となる市町村職員が、ふだんから使いこなせるように環境を備え、訓練しておく必要があると感じました。
せっかくのシステムも災害時で初動が遅れてしまっては本末転倒です。モバイルシステムはライセンス取得や設定などの準備が必要ですし、職員全員が平時からシステムやタブレットの操作に慣れておくことも重要です。
導入時にはシステムの事前研修を行って4月の稼働に対応できる人材を確保しましたが、人事異動で所属する人員が替わるため、研修も毎年継続することが必要です。また、有事には職員全員でフル稼働する必要がありますので、担当者だけが研修を受けておけばいいというものでもありません。
今後は研修の回数や受講人数だけでなく、より対象部署を広げ、効率的に短期間でシステムを活用できるよう研修内容のブラッシュアップを図っていきたいと考えています。
茨城県 災害対策本部
――今後、「被災者生活再建支援システム」をどのように活用したいとお考えでしょうか。
大関氏:台風第19号では、水戸市に京都市さん、城里町に浜松市さんなど、多くの県外の自治体に応援に来ていただき、建物被害認定調査でご協力をいただきました。
この体験から、広域災害では県内だけでなく県外の市町村とも協力していく体制が必要だとあらためて感じ、今後、自治体が災害対策としてめざしていくべき取り組みは、ICTシステムを通じて県外の自治体とも相互支援体制を構築していくことだと確信しました。そしてそこで重要なことのひとつが、同じシステムを通じて連携することだと思います。
同じシステムにこだわるのは、使用するシステムが異なると調査の判定に差異が生じることがあるからです。ほぼ同程度と思われる被害なのに市町村ごとで違う判定が出てしまっては、大きなトラブルや行政不信にもつながります。
今後は、同じシステムを導入している他県の自治体と相互支援できる関係を構築していくとともに、それらの自治体と協力して、万一の災害に備えた応援および受援の協力体制を整備していきたいと考えています。
*文中に記載の組織名・所属・肩書き・取材内容などは、全て2019年11月時点(インタビュー時点)のものです。
*上記事例はあくまでも一例であり、すべてのお客さまについて同様の効果があることを保証するものではありません。
導入サービス | 茨城県共同利用 被災者生活再建支援システム |
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導入時期 | 2018年 |
組織名 | 茨城県 |
組織概要 | 茨城県は、近年の大規模災害が頻発している状況を踏まえ、今後、大規模災害が万一県内で発生した際に迅速な人命救助に対応できるよう、2019年9月に「災害時における人的被害情報の公表方針」を定めました。防災・危機管理部では、県民の生命・身体・財産を守るため、自然災害やテロ、武力攻撃事態等への備えや発災時の応急対策のほか、消防・救急救助体制の充実、原子力安全・防災対策など、新しい安心安全の実現に向けた災害に強い県土づくりのための施策を推進しています。 |
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