災害対応のノウハウを眠らせない~生成AIで挑むNTT東日本の経験・ノウハウの継承~

大規模災害や通信障害は、いつ起きるか分かりません。さらに、そうした対応は頻繁に経験できるものではないからこそ、必要な知見ほど経験者の中にとどまりやすく、過去の資料が残っていても、必要なときにすぐ引き出せるとは限りません。NTT東日本の災害対策室は、この難題に対して、生成AIとドキュメント検索を組み合わせた新たな仕組みづくりに着手しました。単なる記録の蓄積ではなく、なぜその判断に至ったのかという災害対応当時の判断プロセスまで残し、必要なときに引き出せる形へ。将来的には、AIが災害対応を担う一メンバーのように活用していくことをめざしています。災害対応のノウハウを“眠らせない”ための、その挑戦を追いました。
災害の最前線を支える少数精鋭、生成AI活用に踏み出した災害対策室の使命
NTT東日本株式会社 ネットワーク事業推進本部 サービス運営部 災害対策室 松本昂大(写真左)
まずは、災害対策室の体制やミッション、普段どんな役割を担っているのか教えてください
杉山:災害対策室は7名体制で活動しています。内訳は、室長が1名、課長が2名、チーフが2名、担当が2名です。業務としては、大規模災害や大規模通信障害が発生した際の災害対策本部における指揮・統制と、その後の振り返りを担っています。また平時では、外部連携機関との連携を強化しながら、災害対策の高度化を進めています。さらに、DX技術を活用した、既存業務の効率化にも取り組んでいます。
属人化したノウハウを越えて――生成AIとドキュメント検索で“判断の理由”まで継承する
生成AIを導入する前、災害対応の現場ではどんな課題や悩みを抱えていたのでしょうか
杉山:災害対策においては、状況に応じてさまざまな判断が求められる場面が多い一方で、判断に必要となる経験やノウハウは、属人的になっているところが多々ありました。災害はいつどこで起こるか分からないため、人が入れ替わっても経験やノウハウが引き継がれ、いざ災害が発生したときに何をしなければいけないかが容易に分かるようにしていく必要がありました。
杉山:これまでの記録の残し方では、「何をしたか」は残っていても、「なぜその判断をしたのか、その判断の結果どうだったのか」までは残りにくいものでした。そのため今後の記録の残しかたとして、たとえば、埼玉県八潮市の道路陥没事例では、サービス影響は小規模でも行方不明者の捜索長期化やインフラ設備の老朽化など、社会問題化しやすい事象の場合、報道が過熱し、結果として通信影響も全国ニュースで頻繁に取り上げられる事態となったことを踏まえ、「早期に災害対策本部を設置し、より丁寧なメディア、地域住民対応が必要かつ効果的」といった背景まで具体的に残すようにしています。事実だけでなく判断理由まで残すことで、次に対応する人の迅速かつ適切な判断をサポートできる状態をめざしています。また、災害対応時に残したドキュメントそのものが散逸してしまい、いざと言う時に情報を探し出すのにも苦労しており、必要なときに必要な情報にすぐにアクセスできるようにしたいという思いもありました。
杉山:実際に、八潮の道路陥没事故のように、過去にも類似の事故は発生しているものの、その対応記録が十分に残っていなかったこともあり、今回の取り組みを進める判断の一つになりました。
杉山:加えて、近年はスマートフォンやSNSが普及してきたこともあり、SNSの情報も状況を判断する1つの要素となってきました。そうした社会的な反応も今までにはなかったナレッジだと考えており、災害対応に関するSNSの反応(社会情勢)も記録するようにしています。これまでは社会情勢まで十分に蓄積できていなかったので、そうした情報も含めて多角的にナレッジを継承していきたいという課題感がありました。
単に記録を残すだけでなく、どんな状態まで実現できたら理想だと考えていたのかを聞かせてください
松本:将来的な理想像としては、AIも災害対策本部の会議に参加し、実際に運営していく中で、こちらから問いかけなくても、「この項目の業務や判断ができていません」といった情報を、AIからパアクティブに伝えてもらうような運用ができたらいいと考えています。AIも災害対応をする一メンバーのような形で活用していければいいと思っています。
さまざまな選択肢がある中で、なぜ今回あえて生成AIを活用しようと考えたのでしょうか
杉山:まず、NTT東日本として全社的に生成AIを活用していこうという舵切りがあったことが、判断事項の一つでした。そのうえで、人から人へ継承するだけではなく、生成AIから継承させる手段もあると考え、今回、生成AIを活用していこうと判断しました。
杉山:加えて、今回利用したミンクスプラス生成AIは、NTT東日本の中でも柔軟にカスタマイズできて、プロンプトも修正しやすいところが判断材料の一つでした。生成AIを活用することで、どういう回答が出るのかを踏まえながら、こういう記録の残し方ができますよという形で、記録方法そのものの共通化も図れるようになったのは利点だったと思っています。
AIを災害対応の一員にするために、現場と技術チームが4カ月で磨き上げた実装プロセス
今回の検証や導入には、どんなメンバーが関わり、どんな体制でプロジェクトを進めていったのでしょうか
杉山:まず、NTT-MEのデジタル変革部門と社内のDX支援部門であるDX COORDINATE CENTER(以下、DXCC)の方々に声がけをして、今回のプロジェクトを進めました。規模で言うと、災害対策室は計3名、DXCCとデジタル変革部門側から15名程度入っていただいていて、トータルで20名弱くらいのメンバーで作っていった流れです。
杉山:役割としては、災害対策室とデジタル変革部門で方針を決めて、このDXCCメンバーの技術メンバーの方で、プロンプトの修正を進めていただいた形です。修正のところについては、主にDXCCに担っていただいた流れになっています。
理想像や要件をどう整理しながら導入を進め、DXCCのみなさんにはどんな伴走支援を受けたのですか
杉山:導入にあたっては、我々の方で数年先を見越した災害対策室のあり方のようなところからお話しして、まずはミンクスプラス生成AIでどこまでできるかをDXCCの方々と相談しながら進めました。そのうえで、要件に基づいてDXCCの方でプロンプトを修正していただいている、という流れです。
杉山:最初にお伝えした理想としては、先ほど松本からお話しした通り、AI自身が災害対策の一員として、判断に関するアドバイスができないかということでした。その理想をDXCCの方々に伝えて作っていった形です。
杉山:スケジュール感で言うと、まずはナレッジを学習させて、その学習内容に基づいた回答ができるまで作り込むところを、だいたい3、4カ月くらいで作り上げていきました。DXCCにはその期間、伴走していただきながら、修正まで進めていただいた状況です。
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実際のプロンプト設計やドキュメント検索の仕組み、さらに現場へ浸透させるために工夫したことも教えてください
杉山:最初に完成したものは一問一答形式だったのですが、使っていくうちに改善したいポイントが出てきました。質問に対してより深掘りしたい場合は、ステップバイステップ方式の方が深掘りできるので、プロンプトの修正を実施しました。また、当初の回答はこうするべきだという断定的な言い回しをしていたところもあったため、断定的な言い回しを避けて、判断を促すような回答形式に改善しました。プロンプトを一個一個修正していって、要件に合うようにしていった流れです。
杉山:また当初は、各種参考資料の格納先(共有ファイルサーバーの保存場所やSharePointのURL)の出力ができず、資料の保存先を探し出すのに一苦労でした。 そこで、SharePointリンクや共有ファイルサーバーの保存場所を学習させることで、回答生成の際に参考資料の格納先示すようにプロンプトを見直しました。現在では生成AIが「参考資料は社内のこの場所(URL/格納先)にある」と提示できる状態になっています。
杉山:さらに工夫したのは、災害対応では年々ツールや仕組みが変わるので、学習させた内容の中にも新しい記録と古い記録があります。そこはチューニングをして、新しい記録から引っ張ってきて、過去の記録は参考として扱うようにしました。そうした調整も、求める回答に近づけるうえで大きかったと思っています。
松本:浸透にあたっては、定期的に各エリアの災害対策室が集まる会議やオンラインの場で周知し、活用方法や、どういうところを改善してどういう結果になっているかも伝えてきました。また、実際に災害対応したエリアから、経験していないエリアへ共有する場(経験継承MTG)を設け、そこで共通認識になった項目をAIに学習させることで、必要な情報をスムーズに引き出せるようにする取り組みを進めています。
杉山:今後はこちらの生成AIを使って災害対応をやっていこうと話しています。一方で、東日本では大規模な災害があまり発生していない状況なので、まだ実際の活用までは行けていない部分もあります。ただ、いざ災害が起こったときに、しっかり判断ができるところまではできているかなと思っています。
一問一答では終わらせない――現場で使える生成AIへ導いたプロンプト設計と運用の工夫
生成AIを導入したことで、もともと抱えていた課題はどこまで軽くなり、業務の流れはどう変わりましたか
杉山:導入により効率化は進んできたと考えます。これまでは、災害対策に関する質問があると、本社の災害対策室に問い合わせが来ていましたが、今回、これまでのノウハウを生成AIに学習させているので、本社に問いかける前に、まずはAIチャットボットに聞いて、そこである程度自己完結できるようになっています。そういった意味で、稼働も少し削減できていると考えています。
杉山:また、八潮の陥没事故や大船渡の火災については、すでに生成AIに学習させています。そのため、これらに関する問い合わせは結構なくなっています。生成AIの中で質問して回答をもらい、自主的に解決できるところまで来ているのではないかと思っています。
各県域の災害対策室のみなさんからは、実際にどんな反応や評価が寄せられたのでしょうか
杉山:各県域の災害対策室からは、すごくいい取り組みだという評価をいただいています。今回の生成AIは、ただ結果だけではなく、どういうプロセスでその判断をしたかまで呼び込ませているので、どういった判断でそうした対応をしたのかまで読み取れるところが、すごく活用できると受け止められています。そういった点も含めて、各県域の災害対策室から賞賛をいただいている状況です。
杉山:利用の広がりという意味では、東日本では17県域に災害対策室が設置されていて、全体で百名程度が災害対策室要員になっています。そうしたメンバーがこのAIツールを使える状態になっていることも、現場での活用の土台になっています。
今回の取り組みをうまく形にできた背景には、どんな工夫や成功のポイントがあったのでしょうか
杉山:成功できたポイントとしては、まず全社的にAI活用の推奨があったことが大きかったです。そのうえで、災害対策において細かなことでも困っていることが、生成AIによって解決できたので、施策への共感が大きかったのだと思っています。課題がしっかり解決できたこと自体が、今回の成功のポイントだったと考えています。
めざすのは“答えるAI”の先――NTT東日本が描く、先回りして示唆する災害対応支援の未来
これから先、災害対策室として生成AIをどのように発展させ、どんな役割を担わせていきたいと考えていますか
松本:組織としての展望は、もともとの目的であったパッシブ型を実現することです。加えて、AIの題材や経験を増やしていきたいと考えています。東日本だけだと、なかなか取り切れないところもあるため、西日本やグループ会社も含めて、災害対応で共通する事例を収集し、AIの回答精度を高めていきたいと思っています。
同じように生成AIの導入や活用を考えている読者へ、いま伝えたいアドバイスをお願いします
杉山:私たち災害対策室にとってもそうでしたが、社内に脈々と積み上げられてきた知見や経験は宝だと思っています。その宝をそのままにしていくのか、生成AIを活用してより効率的に引き出せるようにするのかで、今後の業務はだいぶ左右されると考えています。社内の知見の散逸や属人化といった我々と同じような課題を持つ部署や企業の皆さまには、ぜひ積極的に活用していただければと思っています。
NTT東日本のミンクスプラス生成AIが、社内のナレッジの展開を支援
NTT東日本のAIチャットボット「ミンクスプラス生成AI」は、社内に蓄積されたナレッジを読込み、知識や経験の継承にも活用することができます。その他にも、メールの下書き作成や企画案の検討など日々の業務効率化を強力に後押しします。また、プロンプト設計やユースケースの創出まで、NTT東日本のDX人材が伴走しながら支援しますので、単なる導入にとどまらず、現場で使い続けられる生成AI活用を実現します。
生成AIの活用に関するご相談、お問い合わせを随時受け付けておりますので、お気軽にご相談ください。
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