インボイス制度はなんのために導入される?生じる5つの影響や必要な準備を解説
2023年10月1日から導入されるインボイス制度は、納税する消費税額を正しく計算するための新しい制度です。導入に伴い、多くの企業や個人事業主などは、さまざまな準備に追われています。しかし、実際にはなんのためにインボイス制度が導入されるのかを詳しく把握している人は少ないのではないでしょうか。
今回の記事では、インボイス制度の概要と、なんのために導入されるのか、その背景を解説します。また、インボイス制度が始まることでの影響や、必要な準備なども紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
1.インボイス制度とは?【新しい消費税の仕入税額控除の方式】
インボイス制度は「適格請求書等保存方式」とも呼ばれる、消費税の仕入税額控除の新しい方式です。インボイス制度が始まると、決められた記載要件を満たした「適格請求書」の発行と保存によって、消費税の仕入税額控除が認められます。
仕入税額控除とは、消費税を納付する際に、売り上げにかかる消費税額から仕入れにかかった消費税額を差し引いて納付できるしくみです。仕入税額控除を受けられない場合、余分な納税負担が発生するため、損失につながります。
インボイス制度上、売り手は買い手に適格請求書の発行を求められた場合は、必ず交付しなければなりません。買い手は、売り手から受領した適格請求書の保存によって、消費税の仕入税額控除が認められます。
適格請求書を発行できるのは「適格請求書発行事業者」と呼ばれる、税務署への申請を終えた事業者のみです。したがって、適格請求書を発行したい場合は、事前に税務署への申請を行い、適格請求書発行事業者への登録を済ませておく必要があります。
2.インボイス制度はなんのために導入される?2つの理由を解説
インボイス制度の導入の背景には、主に、2つの消費税率の混在と、益税の発生の2つがあります。ここでは、なんのためにインボイス制度が導入されるのかを詳しく解説します。
2-1.10%と8%の消費税率を見分けるため
現在、消費税率は8%の軽減税率と10%の標準税率が混在しています。事業者は2つの消費税率が混在する取引の消費税額を正しく計算する必要があるため、経理処理が複雑化していました。
インボイス制度の導入後は、適格請求書に取引の内容や適用税率、消費税額が区分され、記載されます。そのため、各取引に適用される税率の見分けが容易になり、売り手から買い手へ適用税率や消費税額を正しく伝えられます。このように、2つの消費税率の混在によって発生する不正やミスを防ぐため、インボイス制度の導入が決定しました。
2-2.免税事業者からの消費税を徴収するため
売上額が年間1,000万円未満の事業者は、免税事業者とみなされ、売り上げにかかる消費税を支払う必要がありません。そのため、購入者から受け取った消費税は、事業者の利益として加算されます。この、納付の必要がなく受け取った消費税を「益税」と言います。
益税の発生によって、購入者が支払った消費税と、実際に国に納められる消費税には差額が発生し、国は本来受け取るはずだった消費税を受け取れないという現状がありました。
インボイス制度が始まると、免税事業者から仕入れた課税事業者は、免税事業者が支払う分の消費税額を負担する必要があります。このように、インボイス制度の導入には「本来、国に納められるはずだった益税分の消費税を適切に徴収するため」という目的もあります。
3.インボイス制度による5つの影響
インボイス制度が始まると、経理だけでなく会社全体に大きな影響が生じます。ここではインボイス制度の導入によって発生する影響を5つ紹介します。
3-1.余分な消費税額を支払う可能性がある
課税事業者が免税事業者から仕入れを行った場合、適格請求書を受領できないので仕入税額控除を受けられず、その分消費税を多く支払わなければなりません。
例えば、課税事業者が税込22万円の商品を販売するために、税込み11万円の仕入れを行ったとします。仕入れ先が課税事業者で適格請求書を発行してもらえる場合、仕入税額控除を適用できるため、納める消費税額は「売り上げ分の消費税額-仕入れ分の消費税額=2万円-1万円=1万円」となります。
一方、仕入れ先が免税事業者の場合、仕入税額控除が認められないので、納める消費税額は「売り上げ分の消費税額=2万円」となります。つまり、仕入れ先の事業者が免税事業者の場合は、本来負担する消費税よりも高い金額を支払わなければならず、損失が発生します。
3-2.消費税の申告・納税負担が発生する
免税事業者がインボイス制度によって仕入れ税額控除を受けるには、課税事業者への転換と適格請求書発行事業者への登録が必要です。免税事業者から課税事業者へと転換する場合、今まで支払う必要がなく利益として手元に残っていた消費税額(益税)の、納税の義務が発生します。今まで免除されていた消費税の支払いや、申告の手続きなどの業務が発生し、負担となる場合があります。
3-3.取引や報酬が減る可能性がある
課税事業者は、免税事業者からの仕入れ分は仕入税額控除が認められず、納税額の負担が大きくなります。したがって、仕入税額控除が認められる課税事業者と優先的に取引を行う可能性があり、免税事業者は買い手の取引先から取引を拒否されるおそれがあるでしょう。
また、取引を拒否されることはなくとも、課税事業者から消費税分の値下げを要求される可能性もあります。そのため、免税事業者は取引や報酬が減り、売り上げが縮小してしまうおそれがあります。
3-4.経理処理や事務手続きの手間が増える
インボイス制度への対応のためには、まずは適格請求書発行事業者の登録申請書の作成・提出が必須です。適格請求書発行事業者に登録した後も、適格請求書として定められた条件を満たす請求書のフォーマットを作成する必要があります。
また、仕入れの際に受領した適格請求書とそれ以外の請求書を区別して保管しなければならず、注意が必要です。このように、インボイス制度によるさまざまな処理や手続きが発生し、今まで以上に経理処理に時間をとられる可能性があります。
3-5.制度に対応した環境構築が必要になる
インボイス制度を適用するには、正しい請求書の作成と請求書の一定期間の保存が必須です。取引の各担当者が請求書を作成している場合、適格請求書の作成方法の周知まで必要です。このように、インボイス制度の導入にスムーズに対応できるよう、環境構築をしておく必要があります。
インボイス制度へのさまざまなルールに対応するために、制度に対応した会計システムや受発注システムなどのツール導入がおすすめされています。現在使用しているシステムがある場合は、インボイス制度への対応の有無を確認しましょう。対応していない場合、制度に適応した新しいシステムの導入を検討しましょう。
4.インボイス制度の影響を受けやすい事業者3選
インボイス制度は多くの事業者に影響をおよぼしますが、特に影響を受けやすい事業者が存在します。ここではインボイス制度によって大きな影響を受ける3つの事業者を紹介します。
4-1.飲食業
基本的に消費税率は10%ですが、外食や酒類ではない飲食物、テイクアウトや宅配の飲食物などには軽減税率8%が適用されます。したがって、飲食業界は特に軽減税率8%と標準税率10%の仕入れが混在しやすく、適格請求書の作成時には注意が必要です。
適格請求書には各取引の適用税率と、適用税率ごとの消費税額を明確に記載する必要があります。飲食業はほかの業種と比べても、経理処理が複雑になる可能性が高いと言われています。
4-2.建設業
建設業界では、労働者を雇用せずに、自分一人もしくは家族とだけで事業を行う「一人親方」が存在します。ただ、企業が従業員の社会保険料や福利厚生費などの負担を軽減するために、作業員を従業員として雇用せずに、独立させて個人事業主として扱う「偽装一人親方問題」がまん延しています。
一人親方が免税事業者の場合、仕事を依頼する建設会社は適格請求書を受け取れず、仕入税額控除の適用が認められません。そのため、偽装一人親方問題が減ると期待されています。
ただ、本物の一人親方であっても、免税事業者の場合は適格請求書を発行できずに取引や報酬が減る可能性があり、課税事業者への転換を検討する必要があります。
4-3.個人事業主
年間売り上げ1,000万円未満の免税事業者である個人事業主やフリーランスは、インボイス制度の影響を大きく受けることになります。
課税事業者から仕事の依頼を受けている場合、自身が適格請求書を発行できなければ、相手が仕入税額控除を受けられません。そのため、課税事業者であるほかの個人事業主との取引を優先され、取引が減少したり、消費税額分の値下げを要求されたり、新しい取引先の獲得が難しくなったりと、さまざまな影響が生じます。
これらの影響への対策で課税事業者になった場合、今まで手元に残っていた益税分の消費税の納付の義務が発生します。取引の減少や値下げの要求がなくとも、全体として利益が減ってしまうのは避けられません。
5.インボイス制度に適用するための3つの準備
課税事業者と免税事業者では、インボイス制度への準備内容が異なります。ここでは、課税事業者と免税事業者がそれぞれ、インボイス制度を適用するためにどのような準備が必要なのかを解説します。
5-1.【課税事業者】適格請求書発行事業者への登録
課税事業者は、最初に適格請求書発行事業者への登録が必要です。まずは国税庁のサイトから申請書を入手します。必要事項を記載の上、税務署への持ち込みまたは郵送で申請が可能です。e-Taxを使えばオンラインで完結するため、手間をかけずに申請できます。
税務署での審査を終えて無事に登録が完了すると、税務署から登録番号の通知が届きます。取引先には、適格請求書発行事業者になった旨と登録番号を伝えておきましょう。
5-2.【課税事業者】適格請求書を発行・保存できる環境の構築
適格請求書発行事業者になったら、スムーズに適格請求書を発行できる体制を整えておく必要があります。最初に対応すべきが、必要事項が記載された請求書フォーマットの作成や、インボイス制度に対応した会計システムの導入です。
また、自身が仕入税額控除を受けるには、受け取った適格請求書の原則7年間の保存が必要です。紙で受領した場合と、電子データで受け取った場合のそれぞれの保管方法を定めて、紛失しないような体制を整えておきましょう。
5-3.【免税事業者】課税事業者への転換の検討
取引先が課税事業者の場合、適格請求書の交付を求められる可能性があります。適格請求書を交付できない場合は、課税事業者から取引を拒否されるおそれがあるため、免税事業者でも適格請求書発行事業者への登録を検討しましょう。
ただ、注意する必要があるのが、適格請求書発行事業者になった場合、自動的に課税事業者にもなる点です。課税事業者に転換した場合、今まで免除されていた消費税の支払い義務が生じ、益税を手元に残せません。また、納税手続きという新たな事務作業も発生します。
課税事業者へ転換した場合と、免税事業者のままでいた場合との影響を考慮して、課税事業者への転換を慎重に検討しましょう。
インボイス制度への準備や対策をより詳しく知りたい方に向けて「インボイス制度ガイドブック」を公開しています。インボイス制度の適用を考えている方は、ガイドブックを確認し、自社に必要な対応をご確認ください。
6.まとめ
インボイス制度とは、消費税の仕入税額控除の新しい方式です。インボイス制度が始まると、適格請求書の交付・保存によって、仕入税額控除を受けられるようになります。インボイス制度がなんのために導入されるのかというと、混在する10%と8%の消費税率を見分けるのが目的です。また、今まで免除されていた免税事業者からの消費税を徴収するためという背景もあります。
インボイス制度が始まると、課税事業者は、免税事業者からの仕入れに対して仕入税額控除を受けられなかったり、免税事業者は取引を拒否される可能性があったりと、さまざまな影響が生じます。特に複数税率が混在しやすい飲食業や、一人親方の多い建設業などは、インボイス制度の影響を受けやすい事業者です。また、個人事業主やフリーランスも、インボイス制度によって大きな影響を受けます。
インボイス制度へ対応するには、適格請求書発行事業者への登録や、適格請求書を発行・保存できる環境の構築が必要です。免税事業者の場合は、まずは課税事業者への転換を検討しましょう。
ほかにも、インボイス制度を受けるためには、さまざまな準備が必要です。「インボイス制度ガイドブック」では、インボイス制度への対策や影響などを詳しく解説していますので、ぜひ参考にしてください。インボイス制度ガイドブック ダウンロードフォーム
この記事を書いた人
NTT東日本 ビジネス開発本部 北森雅雄
NTT東日本に入社後、自治体向けのシステムエンジニアとして、庁内ネットワークや公共機関向けアプリケーションなどのコンサルティングからキャリアを開始。
2018年から現職にて、プロダクト(SaaS)開発、デジタルマーケティング全般のディレクションに従事。
2022年に業務のデジタル化を分かりやすく発信するオウンドメディア(ワークデジタルラボ)のプロジェクトを立ち上げ。
NTT東日本にかかわる、地域のみなさまに向けてデジタル化に役立つ情報発信を展開。