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京都大学大学院人間・環境学研究科 東郷 雄二 教授

vol.31
京都大学大学院人間・環境学研究科

東郷 雄二 教授

「すぐに解答を欲しがる」「問題を発見するのが不得手」──。こうした最近の大学生たちの気になる傾向を「知的に打たれ弱い症候群」と名付け、知的生産のためのスキルを高める必要性を指摘する京都大学大学院人間・環境学研究科の東郷雄二教授に、最近の学生の実態や研究活動におけるICTの活用法について伺 いました。

すべての情報がネットで見つかるという思い込み

どうして、「知的に打たれ弱い症候群」を問題視されたのですか。

東郷

昔の大学生は、何かを調べるとき、図書館に駆け込んだものでした。ところが、図書館という深い本の森の中では、なかなか目当ての本が見つかりません。図書カードをめくって、ようやく探し当てた本を手に取ってみると、どうも自分の求めていた内容ではなかった、ということもままある。図書館の中であっち、こっちと、堂々巡りするということもありました。情報を得るには、そんな手間と時間が必要だったのです。ところが、最近の学生は、何かを調べるとき、パソコンの前に座って、ウェブサイトを検索することから始めます。検索すれば、一発で情報にアクセスできますから、昔に比べると、ものすごい省力化と時間の節約になるわけです。しかし、あまりにも手軽に情報が手に入るということは、問題なのかもしれません。学生の動向に気になる変化が見受けられるようになりました。

東郷 雄二 教授 東郷 雄二 教授

学生のレポートを見ると、インターネットで見つけた文献の一部をコピーしてペーストする、いわゆるコピペをして書いてあることが少なくないのです。私たち教員は、その道のプロですから、「学生にしては、えらいしっかりした文章だな」とピンときます。文章における言葉と言葉の組み合わせは、その人独自のものなのです。いくつかフレーズを打ち込んで、「Google」で調べてみると、面白いぐらい簡単にコピーをした文献が見つかります。また、何かを調べる課題を出すと、「インターネットで探しても、どこにも情報が見つからなかったので、できませんでした」と釈明する学生もいます。インターネット上で見つからない情報は、もう存在しない情報であると思いこんでしまっているのです。「そうした古い資料は図書館で探してみなさい」と促すと、びっくりしたような顔をします。

こうした学生に接するうちに、いくつかの共通点に気付くようになりました。それが、次に挙げた5つの傾向です。こうした学生の傾向を「知的に打たれ弱い症候群」と呼んでいるわけです。

  • すぐに解答を欲しがる
  • どこかに正解がひとつあると信じている
  • 解答に至る道をひとつ見つけたらそれで満足してしまう
  • 問題を解くのは得意でも、問題を発見するのが不得手である
  • 自分の考えを人に論理的に述べる言語能力が不足している

「すぐに解答を欲しがる」という“症状”を挙げられていますが、何らかの疑問に対して「解答」を求める心理は、ごく自然なことのようにも思えます。

東郷

もちろん学問とは、何らかの問い掛けに対して答えを出すものです。しかし、学問をやっていて、すぐに答えが見つかるということは、まれです。例えば、私が専攻している言語学の世界でも、英語やフランス語の冠詞や時制のはたらきなど、未だに研究が続いている問題がたくさんあります。一般の方にも分かりやすいところでは、日本語のルーツも、未だに解明されていない大きな謎のひとつです。世界の言語を使用人口のランキングでみると、およそ1億2千万人が話している日本語は、7番目か、8番目になります。使用人口が1億人を超えているようなメジャーな言語の中で、その起源が分かっていないという言語は、実は日本語だけなのです。「北方のツングース語などに似ている」「いや、ポリネシアの方にツールがあるのではないか」というように、いろいろな説がありますが、まだ実証されていません。

学問の世界では、何かを解明しようとして、調査をしたり、日夜考え続けたり、実験したり、いろいろ努力をするわけですが、その成果はごく微々たるものだということがままあります。私自身も1人の研究者として、私の専門分野に対する自分の生涯における学問的な寄与を考えると、絶望的な気持ちになることすらあります。古くから先人たちが築いてきた業績を富士山のごとき高い山に例えるならば、頂上に登るだけでも大変なのに、自分にできるのは、そこに石を1つ置くことができるかどうかという状況です。それでも、誰かが石を置かなければ、山は高くはなりません。かつて、フランスの数学者アンリ・ポアンカレは、「学問は、捕まえたと思ったら逃げていく。幽霊をどこまでも追いかけていくようなものだ」と言ったそうです。

学問の世界では、正解がないということの方がむしろ多く、いろいろな学説があって決着が付いていなかったり、答えが乱立していたりもします。ですから、学生たちには、インターネットで答えがすぐに見つかる、どこかに正解が必ずある、などと思い込んでもらっては困ります。私たちには、正解のない世界にじっと耐えるという姿勢が必要なのです。

東郷 雄二(とうごう ゆうじ)

京都大学大学院人間・環境学研究科教授。1951年京都生まれ。京都大学文学部卒。同大大学院文学研究科フランス語フランス文学専攻修士課程修了。パリ第4大学に留学し、一般言語学の博士号を取得。2003年から現職。書著に『独学の技術』(筑摩書房)、『打たれ強くなるための読書術』(同)、『新版文科系必修研究生活術』(同)などがある。

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