環境の変化に立ち向かう中小企業を紹介する連載「逆風に挑む、中小企業の星」。テレワークの導入は「致し方なく」なのか? オンラインでの営業は「次善の策」なのか? 従業員数22人(2020年12月現在)、少数精鋭体制を敷くソフトムの事例を知ると、決してそうではないことが明快に分かります。
とりわけ、オンラインだからこそ「営業に本来欠くことのできない姿勢を再認識できた」という話には、多くの企業にとって刺激になるところが多いはずです。ナビゲーターの北村森がじっくりと聞いていきます。
ソフトム株式会社 代表取締役
山科 俊治(やましな しゅんじ)氏
山形県生まれ。1981年東北大学卒業後、日本電気株式会社に入社。コンピューター営業に携わる。2016年、ソフトム株式会社に入社。常務取締役を経て現職。ソフトムは、1984年創業以来、給食業界向け業態別アプリケーションソフトの開発、販売を行う。売上高3億円、従業員22人(2020年4月期)
取引先も意外にすんなり受け入れてくれたテレワーク
- 北村
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ソフトムの主な事業は、給食業務に特化したソフトウエアの開発と販売ですね。全国の給食サービス会社や、大手企業などが取引先と聞きます。そもそもテレワークの導入に向く業態なのでしょうか。長短の両面がありそうですよね。
- 山科
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そうです。うちは東京と郡山の2拠点からなる企業ですが、郡山のほうは大丈夫なんです。こちらはシステムの開発部隊ですからね。いつでもテレワークにシフトできると言っていい。問題は東京です。営業部門と、取引先のサポート部門ですから……。つまり「相手がいる」仕事なんです。でも、2020年春の状況を見るに、テレワークは必須と判断しました。
- 北村
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新型コロナウイルスの感染拡大は、給食市場にとって、やはり逆風でしたか。
- 山科
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病院や福祉施設の給食を手がける取引先に変化はそうありませんが、社員食堂に関連する取引先は今も厳しい状況です。理由は簡単で、テレワーク導入を進める企業の社員食堂には、人は来ないですからね。社員食堂がガラガラになると、給食サービスの会社は大変な状況になる。そうすると、ソフトウエアを供給する私たちにも影響が出るという話です。
- 北村
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実際に苦しくなった?
- 山科
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給食サービス会社からの受注が止まりました。相手からの連絡が「システムの導入は、来年まで検討を続けさせてください」に始まって、「延期します」そして「中止します」というふうに、どうしてもなっていきましたね。
- 北村
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話を戻しましょう。営業やサポート部門の社員も、2020年の春以降、テレワークに入りましたね。取引先とはうまく調整できたのでしょうか。
- 山科
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ある意味で、素地というか土壌はあったんです。私たちは22人の会社。で、取引先は全国に500社ほどもあります。うちの人員を考えると、もうオンラインで営業や保守サポートを進めていくしかないという状況とは感じていました。つまり、テレワークを通して取引先とやりとりする方向に思い切ってかじを切る必然性は、もともとあったんですね。実は2005年の段階から、オンラインでのデモンストレーションや保守サービスを少しずつ導入していました。
- 北村
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ソフトムと競合する企業も、やはり同じように動いていたのですか。
- 山科
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いえ、すべての競合企業がそうではありませんね。うちが早い時期から準備を進めていたのは「そうしないと事業拡大できない」という危機感を抱いていたからとも言えます。
- 北村
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しかしそれでも、です。先に触れたように、今回の新型コロナ感染拡大のために、ほぼ全面的にオンラインでの営業や保守サービスに転換するとなると、取引先が面食らったりしませんか。
- 山科
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幸運だったことがありました。取引先の多くが、オンライン化を志向していたんです。その意味で、実際にやってみたら、ハードルは思いのほか低かったんですよ。むしろ問題だったのは、こちら側の話でしたね。デモンストレーションや保守サポートのシステムを本格的に組み上げるほうが大変でした。
「3倍の準備」を意識したら、そこに変化が
- 北村
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それにしても……。東京に勤務する約10人がテレワークを実践するには困難もあったのではないですか。
- 山科
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そうですね。特に営業に関してはそうです。営業はずっとリアルでというのが基本でしたから。実際に顔を合わせて、という文化をどう変えていくか、そこに直面せざるを得ません。
- 北村
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オンラインの営業だと「相手の本音をつかみづらい」という声もしばしば聞かれますね。
- 山科
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対面での営業とは全くの別物だ、と捉えるところから始めるのがいいと考えました。オンライン営業は確かに難しい部分があるんです。対面での営業に臨むのに比べて「3倍の準備をしておかないと成功しない」ということが、つくづく分かりました。でも、取引先に営業する場面でちゃんと準備するのって、そもそも当然の話ではないですか。
- 北村
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と言いますと?
- 山科
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対面での営業では、だんだんと「慣れ」が生じてしまって、なんとなく臨んでしまいがちです。でも本来、対面だろうがオンラインだろうが、相手のことを事前に調べるのは、営業の基本ですね。本来やるべきことを、私たちはどこかでないがしろにしていたのではないか。その事実を、今回の新型コロナ感染拡大の状況で、私たちは認識することができました。大事なことがあぶり出された格好ですよね。
- 北村
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そこに気付けたことが大きかった、と。
- 山科
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まさにそうです。この社会状況をバネにしてスキルアップできる道があるという話。だから私たちは今「これまでの3倍、準備をしよう」を合言葉にしています。具体的には、そうするとオンラインでの商談がうまくまとまるか、ソフトウエアの説明の手順については社内で何度もシミュレーションして、社員同士による意見交換を進めました。3週間ほどで5回はやり、リモート商談の基本対応パターンを確立して、その後のリモート案件すべてに適用しています。説明資料に沿って何分間で話し切れるかまで計りましたね。そのうえで「資料のここは変えたほうがいい」「この説明は分かりづらい」といったふうに、ブラッシュアップしました。もちろん私も参加しています。
- 北村
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「面倒くさい」と社員に言われませんでしたか。
- 山科
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いえいえ、社員の側から「やりましょう」と提案されたんですよ。普通、自分の社長に対して営業トークの練習など聞かせたくないじゃないですか(笑)。これは小さな会社のいいところかもしれませんね。
取引先の理解を得て、
テレワークへ
社内で取り組んだ「3倍の準備」の効果は
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以前の状況には戻りにくいからこそ
- 北村
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その効果は実際の営業に表れましたか。
- 山科
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もう間違いなく効果がありましたね。ただし、不安面もあります。営業で頑張っている以上に、給食のマーケットが冷え込んでいるという状況だからです。恐らく2021年度までは厳しいだろうと私は見ています。その後も、以前のような水準まで戻るかどうか。それは市場規模だけではなく、働き方に関しても言えることですね。
- 北村
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そこにどう立ち向かうか、ビジョンはありますか。
- 山科
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給食サービス業界は、この逆風のなかでも改革に着手し始めています。それが明るい材料でしょうね。ビジネスモデルの転換に向けて、例えば、Webを通しての受注によって食材ロスを減らすとか、社員食堂で一括して料理を提供するのではなくて個別の職場に届けられる仕組みを構築するとか。そうした転換を図れる企業は生き延びますし、また、そう動く企業が存在する限り、私たちの業務にも勝機があるんですよ。
- 北村
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どのような勝機が?
- 山科
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ある企業がビジネスモデルを変えるとなれば、そこにはまず必ずITの導入が絡みます。そして当然、ソフトウエアが求められます。社員食堂の例で言いますと、単に食事を提供する場から、社員の健康増進につなげる場に変わるかもしれません。例えば、誰が何を食べたか、データを蓄積して、それぞれの社員の体調管理に寄与するとか。そこに私たちのチャンスがありますし、実際、AIを活用したセルフレジ(個別社員の食事注文歴を情報として集積できる)を産学連携ですでに開発してもいます。
- 北村
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なるほど……。勝機を積極的に見定めるという考えに、私も同意しますね。ところで先ほど、「働き方に関しても、以前の状況には戻らないかもしれない」とおっしゃいましたね。では、テレワークを継続していくなかで大事なのは何でしょうか。
- 山科
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私自身もテレワークを体験して分かったのは、小さな会社の場合には、社員同士が「お互いを理解し合えている」ことがつくづく大事になってくるということでしたね。それがあれば、テレワークもすんなり進んでいく。
- 北村
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でも、小さな会社だからこそ、1人ひとりの役割は相対的に大きくなるはずで、テレワークの継続は難しいとも言えるのでは?
- 山科
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そんなことはありませんよ。テレワークは決して非効率な仕事の形態ではありません。むしろ、自分の仕事のどこに効率の悪い要素があったか、それを意識できるきっかけにできます。そして、そのきっかけを生かせたなら、仕事の取り組みにいい機運が生まれますよね。
今だから「自己研鑽の日」を実施できた
- 北村
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テレワークによって、時間にゆとりもできるということでしょうか。
- 山科
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そうです。そもそも営業系の社員の場合、「集中してやれる時間」はせいぜい1日に数時間程度なんです。それにも改めて気付けました。しかも2020年の初夏の時期は、取引先の都合で営業したくてもできない状態も続きました。で、私は、そうして生まれた時間をどう生かすか、考えたんです。「だったら、勉強しかない」と。
- 北村
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ここでも、今ある状況をどう活用するかを練ったわけですね。
- 山科
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私たちがそこで進めたのは「ポジティブデイ」の導入でした。月に1日、自分の研鑽に充てる時間をつくりましょう、という制度です。研鑽の内容は、もう自己申告です。社長である私が、どんなものであっても形ばかり認めますよというもの(笑)。
- 北村
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社員の皆さんは何をしたのでしょうか。
- 山科
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オンライン講習会を受講したり、NPOの配食サービスのボランティアに参加したり、色々でしたね。面白いなと思ったのは、ある社員が取引先に頼み込んで給食の現場で1日修業したというケースもありました。
- 北村
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ポジティブデイ導入から得られたものは?
- 山科
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まだ特にありません(笑)。でも、それでいいんですよ。これは私たち自身の将来への投資だと思っていますから……。私、以前からこうした制度をつくりたかったのですが、いまひとつ踏み切れませんでした。それが、この新型コロナの感染拡大という社会状況のもとで、決断の背中を押された格好でした。
やりたい改革に優先順位をつける時期
- 北村
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さあここから、2021年をどう乗り切るか、ですね。
- 山科
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改革を止めたら生き残れない時代に入ったのは事実です。それが大前提。だけれど、中小企業にとって「やりたいことは山ほどある」としても、すべてに着手はできません。いかに優先順位をつけるか、そこが勝負どころとなる。私が思うのは「いきなり二歩前進は難しい。でも一歩半は踏み出しましょう」という話です。この意識が、ライバルである他社に先んじる源泉となり得る。私たちがIT系企業であることを差し引いても、この「一歩半の踏み出し」にITツールが欠かせないのは言うまでもないでしょう。
- 北村
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具体的には?
- 山科
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社員同士の会話を密にできるチャットツールがあれば、そこからアイデアが生まれる可能性を高められますからね。考えてみてください。テレワークの推進下では、自宅での業務、オフィスに出勤しての業務、そして外に出ての業務と、「空間の組み合わせ」が生まれます。空間が変われば、発想もまた膨らむということです。そこにもチャンスが期待できる、そういう話です。
- ナビゲーター
北村森の眼
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山科さんの話を聞いて、あることを思い出しました。中小企業の経営者と長年向き合ってきた、あるメガバンクの元行員の言葉です。「選択肢は必ずある。八方ふさがりだと諦めるのは、まだ早いかもしれない」。ソフトムがこの1年近くで進めてきた改革は、まさに「選択肢を探す道のり」であったと感じました。そして山科さんが選んだ道には、いずれも必然性があった。商談シミュレーションも、ポジティブデイの導入も……。ここがまた大事なのではないかと思いましたね。
ナビゲーター
北村 森(きたむら もり)
1966年富山市生まれ。慶應義塾大学卒業。日経トレンディ編集長を経て、2008年に独立。消費トレンド分析、商品テストを専門領域とし、NHKラジオ第1「Nらじ」、テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などに出演するほか、東京新聞/中日新聞など8媒体で連載コラム執筆を担う。また、ANA「北村森のふか堀り」をはじめとした地域おこしプロジェクトにも数々参画。著書『途中下車』は2014年、NHK総合テレビでドラマ化された。サイバー大学IT総合学部教授。