
中小企業のIT人材不足は深刻だ。情報システム担当の人員増加は望めない傾向にある。そこで今回は、多忙な日々を送る“ひとり情シス”にスポットを当て、彼らが日々何に困っているのか、働き方はどうなのか、彼らをサポートするにはどうすればいいのかを、日経BP 総合研究所の戸田顕司氏が大手製造業の事業子会社で働くひとり情シスに聞いた。果たして、中小企業の孤独で多忙な情シスを救う手立てはあるのか――。
東京・南青山の昼下がり。颯爽としたスーツ姿で現れた青田康二さん(仮名、40代半ば)。従業員150人、大手製造業の孫会社にあたる事業子会社でシステム開発・運用を担当しているという。
――今、青田さんは、いわゆる“ひとり情シス”状態でお仕事をされていると伺いましたが。
以前、情報システム部門には、私を含めて10人いました。ところが、4~5年前から経営環境の悪化を理由に部員が徐々に減らされていき、気がつくと私一人。典型的な“ひとり情シス”です。
人員を補充するにも予算がない。それ以上に、今はIT技術者の転職マーケットそのものが人手不足気味で、決して給料が高いとはいえない当社のような会社に移ってくる人材も少ないため、人を採りたくても採れないという状況があるかと思います。
――それでも、青田さんは会社を辞めないわけですよね。それはなぜですか。
高齢化・人手不足、技術者不足、さらに輪をかけるようにして働き方改革が迫られる今、これを突破するためにはITのさらなる活用は必至です。企業が競争に勝ち抜き、新たなイノベーションや事業改革に取り組む上でも、ITはますます重要な鍵になると考えています。個人的には、仮想化、クラウド化、モバイル化など、技術者にとっては新しい課題もあって、そうしたテクノロジーの進化を社内システムに取り込むのはとても面白いことだと考えています。こういう仕事は好きです。
――仕事は好きだから辞めないが、人は足りない。ひとり情シスに過剰に労働の負荷がかかっている。
そうでもないんですよ。最近では、月の残業はせいぜい30~40時間程度。遅くても20時までには退社できるようになっています。休日出勤は、大規模なサーバーメンテナンス時に年数回ある程度。当社には年3回の10連休という制度がありますが、これもフルに取得しています。
――ほお、それはうらやましい。それができるようになったのは、なぜですか。ご自身の残業時間が減っているという話がありましたが、どのようにして可能になったんでしょうか。
外部ベンダーを活用することで
多忙の中にも仕事のゆとりを確保できる
そもそも、情シス部門というのは必ずしも労働集約型の仕事ではなく、発想力の広さと実装力さえあれば、ひとりでもやっていける業務だと思うんです。だから、意志決定の人数は少なければ少ない方がうまくいく。24時間働くコンピューターとネットワークを武器にすれば、ひとりでも十分に力を発揮できます。
――つまり、ひとり情シスという立場を逆手に取って、情シスとしての権限を高めることができれば、比較的自由に仕事ができるというわけですか。
最初からそうだったわけではないですが、ひとりでやらざるを得ない状況に立たされてみて、やってみたらうまくいったということが多いですね。今は、システム企画、設計、予算確保、決済、外部委託調整、そして、プログラミングからシステム運用まで全部関わっています。システム開発だけでも、社内の勤怠管理システムや顧客管理システム、さらに基幹系システムの更改から、ネットワーク管理、セキュリティー対策に至るまで、やることはいろいろあります。
もちろん、ひとりでできることには限界があります。権限だけもらっても十分とは言えません。そこで不可欠なのは、外部のベンダーをいかに使いこなすかということ。幸い、私の場合、長年の付き合いのあるベンダーとの間に強い信頼関係とパートナーシップを築くことができている。彼らがいればこそ、ひとりでシステムを回せるのだと考えています。
――ベンダーとの間に強い信頼関係とパートナーシップが重要なのですね。そういう意味で、ベンダーとの付き合い方で重要なことは何でしょう。
全部をベンダーに丸投げすることはできないし、また、すべきではないと思います。私の場合は、端末のシステム管理やネットワーク管理はベンダーに完全にお任せしていますが、サーバーシステムやデータベースはベンダーのサポートを受けながらも、できる限り自分で作ることにこだわっています。企業のITにとって重要なのは、データとサーバー。それを押さえていれば、企業経営をITの視点で捉えることができるし、何より外部委託コストの適正な管理にもつながります。
ベンダー依存に陥らず、企業システム戦略のリーダーシップを握り続けるために、何を外のベンダーにお願いして、何を内部に留保するか、がポイントです。メリハリをつける必要があるわけです。
当然ですが、ベンダーに任せる部分でも、システム企画の主導権は常に自分の側に置いておく。そうでないと、投資コストの判断が付かなくなり、内容の精査ができなくなることもありますから。
出典:成瀬雅光『「ひとり情シス」虎の巻』(日経BP、2018)143ページ図21を基に作成
――そこまでできているのは、やはり青田さんの力量が高いからでは? 普通のIT技術者には難しそうです。
いや、そんなことはないですよ。まずはひとりの技術者が豊富な知識を身に付け、プロフェッショナルとしての自覚を持って、生産性の高いエンジニアを目指すことが大前提ですが、知識は得ようと思ったら、インターネットで調べられるし、さまざまな教科書やセミナーなども豊富にあります。私がIT技術者になった25年前に比べたら、はるかに勉強の機会は増えており、その点では恵まれた時代だと思います。
――同じ質問になりますが、残業時間の削減はどのようにして実現したんでしょうか?
最近のシステム投資で、社員の働き方改革に寄与するようなソリューションの導入を推進したからです。表向きは今後、増えるかもしれない社員のリモートワークを支援するという名目での導入ですが、実はこれ、私自身の働き方改革のためでもあるんです。
例えば、社内のPCやサーバーに外出先や自宅からアクセスできるリモートアクセス装置の増強や、通信状況をモ二タリングし、不正な通信を検知・遮断する24時間セキュリティー監視サービスの導入などに力を入れてきました。いずれもベンダーに相談し、その会社が提供するソリューションをそのまま導入しました。最近は、こういったソリューションがたくさん生まれていますから、ありがたいことです。
私の仕事の軽減につながった話としては、実際に在宅のリモートワークで、社内システムのメンテナンスをすることもあります。いつでもどこでも仕事ができるような体制を作れば、ストレスも軽減される。自分の働く時間を自分が裁量をもってコントロールできるということが、働き方改革の最大のポイントだと思います。
――これで、ひとり情シスとしての悩みはもう完全に解消されましたか。また、そもそもなぜ中小企業でIT人材が不足し、既存のIT部門も縮小が進むとお考えですか。
残念ながら、悩みが完全に解消したと、そこまでは言い切れません。ひとり情シスが陥る最大の悪弊は、仕事内容が給料に見合わないと考えて、給料に見合うように自分の仕事の質を自分でダウンさせてしまうことです。頑張るだけ損だという発想ですね。
しかし、それで本当に幸せなのでしょうか。もちろん、私も仕事に見合うだけの報酬は欲しい。現状は給与を上げるためには管理職にならなければならないけれど、それは違うと思うんですね。プロフェッショナル人材をもっと高く評価してもらえるように、社内の評価制度の改善はこれからも求めていくつもりです。
ひとり情シスがプロフェッショナルとして社内外で認めてもらうためにも、優秀なベンダーとの協業は不可欠。いわば外部に助けを求めることで、ひとりでもやっていける体制を作る。そこが肝心だと思います。
なぜ中小企業でIT人材が不足し、既存のIT部門も縮小が進むかというと、もちろん景気がパッとしないという外部要因はありますが、それ以前に日本のIT人材は、米国などに比べても正当な評価を受けていない。これが根本原因ですね。
さらに、当社ならではの内部要因としては、社内のITリテラシーの問題があると思います。まだまだ紙と印鑑の文化がはびこり、経営層のITリテラシーは必ずしも高いとはいえない。ITの重要性を声高に叫ぶものの、掛け声ばかり。ITなんて誰にでもできるだろうという思い込みが、専門的な人材の育成・登用を阻み、結果的に有能な人材を見抜けずに、人材の流出をなすがままにしているのではないでしょうか。
青田氏は最後にそう言い残すと、これからエンジニア向けの勉強会があるのだと言って、席を立った。その後ろ姿には悲哀がないどころか、自分の仕事に誇りを持つ、自立したエンジニアの背中が見えたような気がした。
IT(情報技術)のリテラシーが高かったり、パソコンに詳しかったりする人が、周りにいろいろと教えているうちに、いつしか情報システム担当者の役割を担っている。場合によっては、従来部門の仕事をこなしながら、情シスを兼務する――。
このような形で“ひとり情シス”が社内で奮闘しているケースは、中小企業では珍しくないでしょう。
ここで問題となるのが、“ひとり情シス”がどの範囲まで面倒を見るか、です。社員が使っているパソコンや顧客や取引先などのデータを保管しているサーバーの保守、仕事を効率的にする業務システム構築、情報の漏洩やウイルスの侵入などを防止するセキュリティー対策など、会社の情報システム管理は多岐にわたります。
経営者は「自分はパソコンやシステムについて分からないから」と、ついつい“ひとり情シス”にすべてを任せがちです。すると、“ひとり情シス”は、「パソコンが起動しなくなった」「表計算ソフトの使い方が分からない」「表をうまく印刷できない」など、パソコンの操作説明といった作業で現場から呼び出されかねません。
こんな「便利屋」になってしまうと、会社にとって大きな課題である業務システム構築による生産性向上やセキュリティー対策によるリスク防止といった取り組みがおろそかになってしまう事態も考えられます。
インタビューした青田康二さんは、すべてを一人でこなすのではなく、思い切って割り切りました。会社の収益に貢献するデータとサーバーは自分でしっかりと管理する一方で、パソコンの保守などはITベンダーに任せています。
ここに来て、ITベンダーが使い方相談や修理対応などさまざまなアウトソーシングメニューを用意していますし、クラウドサービスによってシステムを管理する手間も省けるようになっています。また、働き方改革で注目を高めている社外で仕事するリモートワークもITベンダーのサービスで実現できます。外部の力を活用することで、“ひとり情シス”でも対応できる環境が整いつつあるのは確かです。
内製化と外注を組み合わせることで、ITによる生産性向上とリスク防止の効果を最大限に発揮できるのです。
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