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経営者のためのブラック・ジャックの読み方

もしブラック・ジャックが事業拡大の悩みに答えたら

©手塚プロダクション

子どもの頃に読んだ『ブラック・ジャック』。怪しい風貌で法外な治療費を請求する無免許医だ。にもかかわらず、なぜか心ひかれてしまうキャラクターとストーリー展開に魅了された読者も多いだろう。そんな『ブラック・ジャック』を大人になって読んでみると、当時とは違った感想が湧いてくる。仕事に悩んだ時に読み返してみよう。

悩み事例――事業を拡大したら……

 A社長は、関東一円に宅配弁当店を展開している。創業のきっかけは、「安い・早い」の「腹がふくれればいい」といった弁当に自身がへきえきとしていたことだ。社長は「味」や「栄養面」はもちろんのこと「“目”と“心”にも美味しい」にこだわり、自分が食べたいと思う弁当を模索した。社長は料理の研究に精を出し、食材、盛り付け、さらに弁当箱にもこだわった。しかし、材料を厳選すれば、価格が高くなる。せっかくのこだわりも高くて買えないのでは意味がない。そこで多くの仕入れ先を当たり、社長自ら交渉に出向いた。そのかいあって地域の人々の協力も得られ、目標価格で売り出すまでにこぎつけた。

 その結果、連日午前中には売り切れという地元では有名な弁当屋に育っていった。ホームページ開設時には、たくさんの好意的コメントが寄せられた。その中の「お弁当から愛を感じます」という感想に確信を深めた社長は、「この弁当をできるだけ多くの人に届けたい」と、宅配によってサービスエリアを広げることにした。その評判はSNSで“愛情弁当”と呼ばれて瞬く間に広がり、「事業を拡大してはどうか」と出資者も現れた。

 こうして店舗を増やすことにしたA社長は、これまで工夫を凝らしてきた弁当を、誰が作っても同じ味と飾りつけのものができるよう詳細にレシピにまとめ、盛り付け方や仕入れ先との交渉ポイントもマニュアル化した。こうして都内数カ所に出店したところで、フランチャイズ化する話が持ち上がった。出店希望者も多く、フランチャイズビジネスとしてさらに広がっていきそうな勢いだ。

 ところが、店舗拡大に予想以上の手ごたえを感じていた昨年末から、ホームページに寄せられる「お客さまの声」欄にネガティブなコメントが目立ち始めた。

「お品書きに書いてあるものが入っていない」
「盛り付けが雑な感じ」
「‟愛情弁当”というほど愛は感じない……」

 いずれも、かつて「こういう弁当は嫌だな」と社長自身が思っていたことばかりだ。そして、A社長が最もショックを受けたのは、当初「愛を感じる」と感想をくれたお客さまから、「自由が丘店開設おめでとうございます。これでますますお客さまが増えますね。ただ、創業当時のフタを開けるとあふれ出ていた『愛情』が、今ではすっかり感じられなくなってしまったのは残念です」というメッセージが届いたことだ。

 社長は事業拡大のための準備は周到に行ったはずなのに、なぜこんなことになってしまったのかと困惑した。マニュアルを準備し、新店舗開設時には指示通りにできているかどうかを確認した。チェック項目を作り、店長からの定期報告も徹底している。にもかかわらず、ネガティブコメントは減るどころか増える一方だ。A社長は「急速な事業拡大がいけなかったか……」と、店舗を増やしたことを後悔している。

 そんなA社長の悩みにブラック・ジャックのある一話を思い出した……。

『ブラック・ジャック』の一話「ナダレ」の一場面 ©手塚プロダクション

ブラック・ジャックが手術で
脳を大きくしたシカが暴走を始める。
脳が発達すればシカにも知能が宿るはずだったが……。

事業を拡大して後悔するA社長に、
ブラック・ジャックが放つであろうセリフとは……。

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ある一話――「ナダレ」

 観光道路開発のために山を切り開く工事現場。
「なんだ あのでっかいシカは」「またナダレが出やがったっ」「くそっ おれが撃ち倒してやるっ」。だが、巨大な角と体を持つシカの前ではなす術もなく作業員は皆殺しにされてしまう。

 それは、ノーベル医学賞を受賞した大江戸博士が飼育していた「ナダレ」と名付けられたシカだった。子どもの頃から身寄りがなかった博士はナダレを弟のようにかわいがってきた。「この弟にものがいえたら 人間ぐらいの知能があったら……」との思いから、脳を大きくする研究を続けた。そして、頭蓋骨によって発達を制限されている脳みそを、胸部に移植して大きくするという方法を開発した。

 その難手術を依頼されたのがブラック・ジャックだった。手術に当たってブラック・ジャックは「脳髄はふくれあがるかもしれないがね…… それで知能が進むだろうかね?」と懐疑的だった。

 それでも博士はブラック・ジャックを説得し、手術を実現させる。その後すぐにノーベル賞受賞式のために大江戸博士はスウェーデンに旅立った。その間にナダレの脳は急速に発達した。

©手塚プロダクション

 しかし、その大きく育った脳には、自然を破壊する人間への敵意だけが暴発してしまったのだ。大江戸博士は日本に戻ってきて初めて工事現場のナダレによる大量殺人を知る。

 家族同然のナダレが殺人を犯すとは信じられない博士。彼は自分ならなんとかできるはずだと、ナダレが大好きだったシカ笛を取り出し、何度も吹く。間もなくして現れたナダレに博士は言った。

 「人間をおそうのはやめてくれよ な 人間も同じ生きものなんだ」「悪いやつもいるさ でも人間は人間がさばくよ…わかるかい?」

 ナダレはおとなしくなり、その夜は博士と一緒に眠りについた。ところが、翌朝事件が起きる。ナダレはいつの間にか博士のもとを抜け出し、また人間を襲ったのだ。その相手は、なんと博士に会うために観光道路に車を走らせていた彼の婚約者だった……。

 彼女の遺体を見て泣き崩れる博士。そんな彼を、「山狩りが始まります きっとナダレをしとめますから……」と村人たちは慰める。ブラック・ジャックは博士の背中越しに言った。「やつはもう怪物なんだ あんたの知っているナダレじゃないんだぜ」「見かけは脳は大きくなるだろうさ でも中身は…知能はどうなるか想像つくもんか」

 うつ向いたままの博士はついに決意した。「もう聞きたくないっ ぼくがナダレを始末する」

 博士は自宅に戻ると、再びシカ笛を吹き鳴らした。猟銃を取り出し、弾を込める。さっそく窓越しにナダレの姿が……。「きたぞ」

 「コツ コツ」玄関をノックするナダレ。扉を開くと同時に、脳みそのある胸部に弾が放たれた。

ドスッ ドスッ

 涙を流しながら、何度も弾を撃つ博士。

ヒーッ

 予想外の博士の行為に悲鳴をあげ、狼狽するナダレ。ふらつき、足元がおぼつかなくなる。そこに博士は最期の一発を撃ち込んだ。

 「ゆ…許してくれ…… これが…さばきだ……」

 真っ赤に染まってぐったり横たわるナダレ。その体に覆いかぶさって、博士は泣き崩れるしかなかった……。

 かたわらでブラック・ジャックが語り掛ける。

 「人間が人間をさばくのだといったね」「人間は動物をさばく権利があるのかね?」
(ブラック・ジャック第9話「ナダレ」 秋田書店少年チャンピオン・コミックス2巻 電子書籍9巻)

 自然を自由にできると勘違いした人間がしっぺ返しを食う話は枚挙にいとまがない。何とも虚しい結末だ。この物語から、A社長の悩みにどんなヒントが得られるだろう。

ここに注目――事業拡大に必要な経営者自身の意識改革

 物語の中で大江戸博士は、脳の器を大きくして脳髄を膨れ上がらせればナダレの知能が発達し、兄弟のような会話が可能になると考えていた。しかし、現実には思った通りにならず、悲劇は起きた。

 事例のA社長は「お弁当に愛を感じる」という感想を受け、この思いを多くの人に届けたいと思った。そして、店舗数を拡大し、マニュアル化を徹底すれば、より多くの人に‟愛情弁当”が届けられると考えた。しかし、現実にはクレームが増えた。

 共通するのは、両者が物質や情報の量さえ拡大すれば理想に近づけると思い込んでしまったことだ。

 音楽教育で例えてみよう。バイオリンを習っている子供が、‟上達のために”と親から高級なバイオリンと上級の楽譜を与えられたとする。子供は楽譜通りに弾く練習はするかもしれないが、それだけで親の期待するような音が出せるだろうか? 聴く人の心を動かす演奏ができるだろうか? 同じ弦を弾くにしても、何も考えずにただ弾くのと、うれしさや悲しさを「伝えたい」と気持ちを込めて弾くのでは全く違った音が出るという。そこには楽曲のテーマや聴く人の気持ちに思いを馳せ、どのような意図をもって演奏すべきかを考える力が必要になる。

 料理もそうだ。一流シェフのレシピを用いても、ただ作り方をなぞっただけのものと、食べる人を想像しながら美味しく食べてほしいと思いを込めた料理では、全く違う味と感覚が伝わるはずだ。そうなるためには、音楽も料理も、「楽譜やレシピの忠実な再現」だけでなく、「受け取る側の気持ちに思いを馳せて、どのような意図をもって行うか」の新たな指導が必要だ。

 大江戸博士もナダレに、相手の気持ちに思いを馳せ、どのような意図で脳を使うのかという指導を施さなければならなかったのだ。残念ながら博士は、その必要性に気づいてすらいなかったが……。

 A社長は、店舗のメンバーに詳細なマニュアルさえ与えれば、自分と同じような気持ちで‟愛情弁当”を作ってくれると思い込んでしまった。店舗拡大に伴って増えた多くのメンバーに、どのような意図・気持ちでそのマニュアルを実行すればよいかを指導する必要があっただろう。だが、それは自分の手で愛情弁当を模索していた時よりもはるかに手間と時間がかかる。音楽で言うなら、自分で最高の音色を模索していた時とは違って、それを他者に指導するという新しいスキルを習得しなければならないということだ。事業拡大は、経営者自身が一番成長を求められる場面なのだ。

 恐らく忙しくなった店舗のメンバーは、‟マニュアルをただこなすだけ”の流れ作業になってしまっているのだろう。これでは本来の愛情弁当を顧客に届けることはできず、クレームは減るはずもない。

 物語でブラック・ジャックは、脳を大きくしようとするだけの博士に「脳髄はふくれあがるかもしれないがね…… それで知能が進むだろうかね?」「へたをすると あんたの弟分を殺すことになるぜ」と言っている。そして結果は、その通りになってしまった。

 手に負えなくなった会社を自ら閉店なんてことにならないよう、A社長にブラック・ジャックならこう言うだろう。

「社長さんよ。事業を拡大するなと言っているんじゃない。
おまえさん自身をアップデートする意志はあるのかい? 
その手間暇をかける覚悟はあるのかい?
それを確かめたいだけさ……」

©手塚プロダクション

執筆:尾﨑健一氏
シニア産業カウンセラー、臨床心理士。株式会社ライフワーク・ストレスアカデミー代表。組織のメンタルヘルス向上のコンサルティングなどを手がけている。 著書に『もしブラック・ジャックが仕事の悩みに答えたら』(日経BP社)などがある。

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