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働き方改革、今後はジャズ型?

尾原和啓氏が明かす真の「中小企業DX」とは

デジタルがリアルを包み込んでしまう世界、長年研究されてきた技術で社会課題を解決する社会――。ベストセラー作家でIT批評家の尾原和啓氏の目には現在がそんな時代に映っているという。中小企業の経営にも精通した尾原氏には、大企業とは異なるDXの進め方が中小企業にはあると指摘する。コロナ前からテレワークを積極推進してきた立場から、今後の働き方は“ジャズ型”になると見通す。その真意とは。

IT批評家、藤原投資顧問 書生
尾原 和啓(おばら かずひろ)氏
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省の対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。現職は14職目。シンガポール・バリ島をベースに人・事業をつむぐカタリスト。『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』(共に共著、日経BP)など著書多数。

 「部屋から一歩も出られないという感じですね。おかげでこうして時間をつくることもできました」

 オンラインでのインタビュー当日、尾原和啓氏はシンガポールのホテルの一室にいた。日本から“帰国”したばかりで、2週間の隔離期間中だった。それでもこうして取材を進められるのは、このコロナ時代で当たり前の風景になった。リアルとデジタルは確実に混ざり合っている。

リアルとデジタルが融合、アフターデジタルの世界

 リアルの世界をデジタルが包み込む、あるいは包摂するような概念「アフターデジタル」において、尾原氏が注目してきたのは、中国最大の保険会社である中国平安保険グループの戦略だ。これまで保険会社は、顧客に何か問題が発生した時だけが、唯一のサービスを提供できるポイントだった。その課題を解決するため、顧客に万歩計アプリを提供した。すると、日頃の顧客の健康状態を把握できるようになったのだ。さらには、医療相談アプリ「平安グッドドクター」を提供し、顧客の医療サポートまでするようになった。

 「つまり、今までは点でしかサポートできなかったのが、線として、ずっと顧客に寄り添えるようになった。顧客は自分にメリットがあるので、行動データを提供してくれるようになり、企業はそのデータに基づいて先回りしてサービスを提供できる。すると、また顧客が満足し、さらなる行動データを提供する。こうした好循環が生まれるのがアフターデジタルの世界だ」と尾原氏は解説する。

 現在ではグッドドクターの登録ユーザーは約3億4600万人、月間アクティブユーザーは約6700万人にまで成長した。平安保険は、中国の医療サービス全般を提供するプラットフォームへと進化を遂げた。

 「アフターデジタルでユーザー体験(UX)を改善というのは、第一段階にすぎない。その次の段階では、デジタルがユーザーとの接点を担保してくれることで、リアルでやるべきことに集中できるという認識が重要だ。リアルにおいて、本当の自分の強みは何かを深く考えることが大切になってくる」

 例えば飲食店であれば、自分たちはおいしい料理を作ることに注力する。注文や配達などは、すでにあるデジタルサービスを活用すればいいと言う。

社会課題の解決目指す「ディープテック」とは

 近年、SDGs(持続可能な開発目標)の広がりと共に注目されているのが、ディープテックだ。長い期間をかけて研究開発されるような深い技術に基づいて、環境問題や健康問題といった本質的な社会課題を解決する。そんな取り組みをディープテックと呼ぶ。

 尾原氏はディープテックには3つの側面があるという。1つ目はAI(人工知能)の活用だ。

 「例えば、コロナに対応するような薬の開発で、何百万もある抗体候補の中からどれが有力かを選ぶところで、AIが活用されている。そしてここへロボティクスの技術が加わる。それら候補を元にロボットが24時間休まずに実験を繰り返す。そしてその実験結果をまたAIが評価する。こうしたサイクルを高速に回していくのです」

 さらには、GPU(画像処理装置)の発達でシミュレーションの技術がかなり進化しているという。実験自体もバーチャルで進めてしまうということらしい。バーチャルの世界なら、仮想ロボットを一気に数百台に増やすこともでき、時間も大幅に短縮できる。将来は量子コンピューターを使うことで、その計算速度はさらに高まることになるだろう。

ディープテックの3つの側面

 2つ目は、「知の高速道路」だと尾原氏は言う。少し解説しよう。

 プログラムのソースコードを共有するプラットフォーム「GitHub(ギットハブ)」が生まれたのが、約10年前。その頃、オンライン大学も増え始めた。ネットワーク上で学びを積んだ世代が、20代半ばにさしかかる。その中に若き“天才”たちが今現れ始めていると言う。

廃棄物をテクノロジーで鶏のえさへ商品化させたインドネシアの事例

 具体的な事例がある。インドネシアでは、食用油の代表格であるパーム油を搾るときのカスが、深刻な環境問題になっている。発酵技術を活用することで、その搾りカスを鶏のえさへと商品化させた企業のCTO(最高技術責任者)は、まだ20代の女性だという。環境問題の解決の糸口を発見しただけでなく、新たなビジネスも創出した。ただ課題も抱えていた。大量生産できないという点だ。

 「ここに、日本の技術が生かされた。三井化学と連携を図り、スケールアップするための製造技術を提供してもらった。ここへきて、日本企業が自分たちの技術を生かして、こうした若い才能を支援する動きが出てきている」と尾原氏は語る。

これまでの働き方は
クラシック型
今後はジャズ型に。
その真意は?

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顧客データがマスカスタマイゼーションを実現する

 3つ目は、「マスカスタマイゼーション」の領域だと尾原氏は話す。その事例として、前出の中国平安保険と、日本の塩野義製薬の提携が挙げられるという。

 こちらも少し説明がいるだろう。製薬メーカーのビジネスには、せっかく膨大な開発コストをかけたのに、いずれその特許が切れてしまうパテントクリフ(特許の崖)と呼ばれる課題がある。そのため、収益の見込める薬価の高い難病の薬に開発が偏ってしまいがちだった。

 そこで塩野義は、平安保険が持つ大量の顧客データに着目した。そのデータを活用すれば、もっときめ細かな顧客の症状に対応した薬が開発でき、平安保険のネットワークを使って、直接、顧客に薬を届けることもできるようになる。

 「マス向けのサービスなんだけれど、ビッグデータを活用することで個別にカスタマイズできるということから、マスカスタマイゼーション」(尾原氏)ということだ。さらに注目すべきは、こうした事業で培ったデータを、他の製薬メーカーにも活用してもらうプラットフォームを目指している点だという。「こうした事例は、ディープテックとアフターデジタルの掛け算のすごく面白い側面でもある」と尾原氏は言う。

働き方は、クラシック型からジャズ型に

 ところで、尾原氏はテレワーク実践の先駆者でもある。

 テレワークは新型コロナの広がりに伴って一気に浸透した。2015年ごろからバリに拠点を持つ尾原氏は、働き方の変化について、興味深い表現を使って説明してくれた。

 「これまでの働き方は、クラシック型だったと思う。壮大な交響曲を構想して、各パートに割り振って、それぞれが一生懸命練習して、開演日に最高の演奏をする。そんなビジネスの進め方だった。でも今はジャズ型ですよね。道端である演奏者がいい音を奏でたら、じゃ俺も参加するよと言って、即興が重なり合って曲になっていくイメージ」

 尾原氏はしかし、オンラインの良さを認識しつつ、課題も感じているという。

 「オンラインばかりでやり取りする状況が長くなると、過去の信頼を“すり減らす”部分もあり、新しく参加した人がなじめないなどの課題が出てきている。企業の文化や価値観を共有するような取り組みは、定期的にやった方がいいと思います」

新しいオフィスの形

 尾原氏も以前所属していたグーグルでは、ふとした出会いから新しいものが始まるという考え方、カジュアルコリジョンを大事にしているという。グーグルが社内のカフェを充実させているのは、こうした偶然の出会いを促進させる狙いがある。リモート環境の中にこのカジュアルコリジョンを設計していくことがとても大切だと尾原氏は指摘する。

 「いろんな企業の話を聞いていると、20~30%くらいはやはり出社する形式を取っている。出社した際に、普段よりちょっと豪華なランチ会をするなどして、よりインスピレーションが得られやすい仕組みが効果的ではないだろうか」

 会社という言葉が本社のあるビルを指すとき、多かれ少なかれ、それは縮小する方向にあるだろう。そこで浮いたコストを社員に還元するなどの動きも出てきている。社員は、還元された費用を自宅のリモート環境の充実などに利用しているという。

中小企業にとってのDXとは

 果たして中小企業がDXを進めるにあたって、どんなことから始めたらいいのだろうか――。

 尾原氏は意外にも、シンガポールにある政府系のDBS銀行の事例が参考になるという。彼らがDXを進めた際、3つのステップが必要だったという。

中小企業がDXを進めるヒント

 中小企業にとって裏側をデジタルにするのは、既存のDXプロバイダーのアプリを活用することで比較的容易だという。ここで一番大事なのは、自分たちがどういう形で、顧客のカスタマージャーニーに組み込まれるかを明確にすることだと尾原氏は説く。カスタマージャーニーは、顧客が商品などを認知し、検討し、購入する、といった一連の流れのことである。

 自分たちが提供できる強みや価値が、顧客のカスタマージャーニーのどの部分に位置するのか。それを、定義し直す必要があるというのだ。

ガッツリ系? ヘルシー系?

 「例えば飲食店であれば、高カロリーでガッツリ系の食のエンターテインメントを目指すのか、低カロリーでありながらおいしい健康重視系を目指すのか、それによって、顧客のカスタマージャーニーへの組み込まれ方がまったく異なる」

 また、企業向け(BtoB)領域においては、「バリュージャーニー」から「バリューネットワーク」への変化を意識することが大切だという。尾原氏が説明する。

バリュー(価値)を捉え直す

 「例えば自動車業界であれば、これまでは、高品質の車を生産するということに価値(バリュー)があり、自動車メーカーを頂点とした下請け中小企業との縦のつながりがあった。これが『バリュージャーニー』である。しかし今後は、車と言っても、さまざまな価値の提供が可能となる。移動できるだけでいいならばウーバーがいいかもしれないし、車内のエンターテインメント体験を提供するならソニーが強いかもしれない。こうした他分野との連携が今後重要になってくると考えられる。これが『バリューネットワーク』を意識するということだ」と尾原氏は語る。

 こうした中で、中小企業が今後の戦略として取りうるのは、次の2つだと尾原氏は説く。

中小企業が検討すべき2つのポイント

 「1」は前述した、自動車業界全体の中で「移動」を取りにいくのか、「車内エンターテインメント」を取りにいくのか、といった業界でのポジション取りの話だ。「2」は、「渋谷の限定エリアのフードデリバリーで一番を目指す」といったように、そのエリアや領域は極めて狭いが一番という価値を提供していく方法だという。

 尾原氏は最後に次のように語った。

 「アフターデジタルの本質は中小企業に対するエンパワーメント(自信を与えること)なんです。これから、日本はアフターデジタルの加速期に入ると思います。今、むしろ日本はチャンスにあふれていると思いますよ」

杉山 俊幸
インタビュアー
日経BP 総合研究所 主席研究員
杉山 俊幸
日経ビジネス副編集長、日経ビッグデータラボ所長、日経クロストレンド発行人を経て、2020年1月から現職。

※本記事は2020年12月時点の情報に基づいて執筆しています。

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