中小企業が成長するヒントを実例から探る連載「逆風に挑む、中小企業の星」。「IT化とは結局のところ、誰のため、何のためか」。そこを忘れてはならないという教訓を、小柳建設の導入事例はとても雄弁に物語っています。ただ単に「時代の流れだから」とITツールを手にしたわけでは決してないのですね。小柳社長のお話からは、人材不足や古い慣習といった、業界に横たわる弊害をなんとか打破したいという狙いが見て取れます。そして実際、答えを出しているところが注目に値するわけです。知りたいことはいくつもあります。いったいどのように? 周囲からの抵抗は? 導入して何が変わった? そして何より誰のためになった? ナビゲーターの北村森が解き明かします。
小柳建設株式会社 代表取締役社長
小柳 卓蔵(おやなぎ たくぞう)氏
1981年、新潟県生まれ。日本大学法学部法律学科卒業。金融業界で勤務の後、2008年、父親が社長を務める1945年創業の総合建設会社、小柳建設に入社。2014年より3代目社長に就任。新潟県三条市に本社を置き、土木、建築をはじめ、埋蔵文化財調査、不動産などの事業を展開している。売上高77億円(2020年6月期)
「あなたは業界のことを知らない」と反発も
- 北村
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まずここを聞きたい。建設業界、それも地方の建設会社がITを導入しようとするうえで、それを阻害するものは何ですか。
- 小柳
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社長の高齢化でしょうね。ここが一番の問題だと私は思います。弊社は先代も28歳で代表取締役となりました。若いうちからいろいろと挑んだほうがいい、というのは先代の信念であり、それで私も32歳で会社を継ぎました。現在(2020年11月)、39歳です。私がもっと歳をとっていたなら「ITなんて手を出せない」と考えてかかっていたかもしれません。
- 北村
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建設業界とITって相性はいいんですか、それとも……。
- 小柳
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いや、「見て覚えろ、身体で覚えろ」という世界観が根付いている業界ですからね。それは阻害要因でしょう。金融業界にいた私が弊社に入った当初、IT導入を提案したら、「あなたは、この業界を分かっていないんですよ」「建設業は特別なんです」と周囲から諭されましたね。まあ、私が建設業界のことを知らなかったのは事実ですから、「ああ、そうですね」と、いったんは引きました。
- 北村
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でも、そこで引いて終わったわけではなかった?
- 小柳
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できるところからクリアしていきましたね。まずは、社員データと業務データの共有化です。その当時の一般的な建設会社と同様に当社も「データは人についていた」んです。でも共有化して社員が自由にアクセスできるようにしないといけないと私は考えました。会社というのはチームワークですからね。それに、財務もどんぶり勘定で何となく、という風習を変える必要も感じていました。そのためにはまず、データの共有化が不可欠でした。
- 北村
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IT改革というと、何やら派手で大仰なイメージもありますけれど、そうやって内部から変えていった、と?
- 小柳
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そうです。例えば、社長就任後は、年末調整書類のアプリ化も進めました。社員300人分を紙で処理するのは大変なんです。こういう地道なところから変えた結果、「あっ、社長の話すことは大丈夫なのかも」という空気感が醸成されていきました。IT化というのは、端的にいうと「仕組みをつくる」「仕組みを分かりやすくする」作業だと思っています。そこを鮮明にしたら抵抗感は薄れました。
古い価値観を拭い去る改革を
- 小柳
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実は、建設業界もよその業界も変わらない側面があると思います。特に古くからある産業においては……。その1つが「努力に関する価値観」ですね。時間をかけた人が偉いとか、耐え忍んだほうが偉いとか。私が次に手をつけたのは、そういった価値観を払拭するための仕事です。人事考課がまずそれに当たります。プランニングを大事にしよう、ゴールに行き着くことを大事にしよう、そのためには結果を出そう、そして、なぜ良かったのか、なぜ悪かったのかを顧みようと。この方針には、社員の抵抗はなかったですね。
- 北村
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その遂行にもIT化が寄与した、と?
- 小柳
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まさにそうです。古い建設会社の“あるある”の1つに、「案件の原価を掌握しているのは部長だけ」というものがあります。部下は誰も原価を知らないんです。それではプランニングができないし、結果を出すとはどういうことかを考えることもできませんね。データの共有化がもたらしたのは、そうした部分の意識改革でもあるんですよ。
- 北村
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社員もだんだんと理解を深めていったわけですね。
- 小柳
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私が社長になって2年目には、社員の側から新たな提案も出てきたほどでした。「社内のすべてのデータをクラウド化しましょう」というものです。社員データから工事データ、経理データまで、本当に全部。ゴーサインをすぐに出しました。というのは、セキュリティの観点から言っても、当時のように自社内サーバーで管理している状態が最も安全かといえばそうではないんですね。例えば災害が起きて社屋に被害が及んでも、クラウド化していればデータは守られます。そもそも災害時に真っ先に動くべきは建設会社ですよね。それなのに自分の会社のデータが被害を受けていては話にならない。こういうところに足を引っ張られないためにも、クラウド化は有効な手立てなわけです。コスト面を考えても、自社内のサーバーを増強し続けるより、管理の手間を含めて考えるとメリットがあります。結果的には2015年にフルクラウド化を完了することができました。
- 北村
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すべてのデータをクラウド化することで、社員の負担は?
- 小柳
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全く問題ありません。「ああそういえば、ウチのデータってクラウド化されているんだっけ」と、時折ふと気づくというくらいなものです。それともうひとつ、社員の側から最初にクラウド化を提案してくれたのも、また大きかった。中小企業は「社長が主役」と捉えられがちですが、動くのは社員です。スポーツの試合と同じです。「監督はコートに下りない」、それが大事な場面があると私は考えています。
地方の建設会社が
マイクロソフトと組む!?
先進の複合現実の活用に
踏み切ったワケ
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地方の建設会社が世界のマイクロソフトと組んで
- 北村
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さらに2016年以降、今度は複合現実(Mixed Reality :MR※)のアプリケーションとデバイスを仕事の現場に導入するという、意欲的な取り組みを始めましたね
※MRとは、仮想世界と現実世界を融合させる仕組みです。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を発展させた技術で、コンピューターグラフィックスによるホログラムを活用するなどにより、業務領域に効率化をもたらすことが期待されています。
- 小柳
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2016年にマイクロソフトの展示会を視察するためにカナダへ向かいました。もうびっくりでしたね。これは映画の世界じゃないか、と……。新潟にいるだけでは気づかなかった話です。その後シリコンバレーにも行きました。
- 北村
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そこから何をつかめた?
- 小柳
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まず、働き方が違うな、と感服しました。ミーティングの仕方1つ、自由なかたちと言いますか……。そうして得たヒントを、私たちの会社に生かすことはできるとも確信しました。具体的には、マイクロソフトのヘッドマウントディスプレーを弊社の会議の場に導入しようという話です。
- 北村
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いきなり、そこまで飛躍しましたか。
- 小柳
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いえいえ、このヘッドマウントディスプレーを目にした瞬間に、「これは建設業界でめちゃくちゃ使える」と確信しました。当時の日本国内では、大手航空会社が、整備士の研修のために使っていた程度と聞きましたけれど、建設会社にこそ必要なデバイスだと。
- 北村
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具体的にはどのように?
- 小柳
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デバイスを装着して、実際に見てみてください……。今、映っているのは、橋梁を建設する時の事例です。私のほうで操作しますね。最初に見えるのは、川だけでしょう。何もない状態です。アプリケーション上で時系列を操作すると……柱ができ、橋をかけ、柵をしつらえるところまで、だんだんと画像が進んでいきましたね。視線を変えて見上げてみてください。ちゃんと上が映りますね。左右に関しても視点を移せば同じように変わります。歩き回ると、ちゃんと画像もついてくるでしょう。人間の直感的な動きに合わせて、画像を閲覧できるわけです。しかも1:1スケール(実物大)でもチェックできます。
- 北村
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いやこれは見事です。素人の感想で恐縮ですが、楽しくもある。でもですよ、導入と運用のコストは相当なものでしょう。これにどういったメリットがあるのかは尋ねたい。
- 小柳
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まず、関係者の移動時間が節約できます。ヘッドマウントディスプレーを装着してログインした全員が、たとえお互いに離れた場所にいても、同じ画像を共有しながらミーティングできるんですからね。次に、紙の図面と3Dでは仕事の精度が大違いなんです。この仕組みを使えば、寸法のわずかな間違いや、工事機材が現場に入らないというミスを事前に防げます。つまり、コスト面でも長い目で見れば軽減できる。現場の物理的・心理的負担を減らせることは言うまでもありませんね。社員をはじめとする関係者にとって、こうして工程を共有できることがどんなに助かることか。
- 北村
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いやしかし、ここまでの3D画像を案件ごとに作成する工程は、社員の荷が重くなりませんか。
- 小柳
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そんなことはないんです。3DのCADを覚えさえすれば、負担はありません。そう難しいスキルではないと断言できます。そして、できあがった画像はというと、これまでの2Dの立面図や断面図から、それぞれの関係者が頭の中で“3D化”するよりも、明らかに効率的であり、しかもブレがない。それを皆が共有できるメリットは大きいんです。
- 北村
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だから建設会社こそ、この仕組みをと考えたのですね。
- 小柳
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ここまでのシステムを完成させるまでは、マイクロソフトとの連携が不可欠でした。地方の建設会社が連携に臨めたことも、誇りに感じています。この導入によって、先ほどお話ししたように、工事の精度は高まり、より良いものが造れるようになりました。さらにその副産物として、社員の働き方にも改善がもたらされたわけです。会議も効率化され、工事に関しても無駄が省けるようになりましたからね。
社員の意識が劇的に変化した
- 北村
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でも、本当に投資した意味があったのか、経営上それは賢明な判断だったのかは確認しておきたい。
- 小柳
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ヘッドマウントディスプレーは1台およそ40万円。弊社はそれを10台導入し、さらに2020年の年末には5台以上追加します。このシステムを構築するのにかかった金額をお伝えするのはご容赦願いたいのですが、地方の建設会社が気軽に投資できる額ではなかったとはいえます。しかし、投資効果は大いにあったと確信しています。リターンは数字に表れています。そして、何より社員の意識が劇的に変わりました。表現するなら「こなす仕事」から「大事にする仕事」に変化したといいますか……。ITを活用することで「自分が今、何をしていて、何の結果を求めているのか」を常に意識できるようになった点が極めて大きい。そして社員の残業時間も減りました。これは効率化のなせる業であったと感じています。もっといいますと、社員の定着率が高まり、大卒の新卒社員のエントリーも意外なほど伸びました。
- 北村
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地方の建設会社において、異例の先進的なIT化であり、異例の投資。でもそれは正解だった、と?
- 小柳
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はい。複合現実アプリケーションとデバイスの導入がもたらしたのは、データの共有化にとどまらず、高い意識の共有化であったとも断言できますね。
- 北村
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建設業において意識の共有化の持つ意味は?
- 小柳
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本社から離れた現場が業務の主な舞台である建設業では、従業員の意識の共有化はこれまで非常に難しかったんです。しかし、今はネットワークを使い、クラウドを活用して、複合現実を使いこなせば、それが可能になり、飛躍的に生産性を上げることができます。建設業の生き残りはこうした変化に対応できるかどうかにかかっていると思います。
- ナビゲーター
北村森の眼
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変化を楽しもう。これが小柳建設のコーポレートメッセージだといいます。建設業界において、変わることを決断するのは経営者として大きな覚悟が必要だったのではないかと察します。でも変わった先には、工事の精度が上がり、社員の意識も高まり……といった目に見える効果があった、という事実をよく理解できました。地方の建設業界は旧弊にとらわれている、という見方こそが固定観念だったと、私は反省しましたね。業界の問題ではないのですね。個別の企業が何にどう挑むかの話です。コロナ禍が長引いている今だからこそ、変化することをいとわない意識が肝要という社長の言葉がまた、ひときわ耳に残りました。
ナビゲーター
北村 森(きたむら もり)
1966年富山市生まれ。慶應義塾大学卒業。日経トレンディ編集長を経て、2008年に独立。消費トレンド分析、商品テストを専門領域とし、NHKラジオ第1「Nらじ」、テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などに出演するほか、東京新聞/中日新聞など8媒体で連載コラム執筆を担う。また、ANA「北村森のふか堀り」をはじめとした地域おこしプロジェクトにも数々参画。著書『途中下車』は2014年、NHK総合テレビでドラマ化された。サイバー大学IT総合学部教授。