
働き方改革に取り組む企業が増えている。ただ、打ち出した施策が結果につながらず、もどかしさを感じている経営者も少なくないだろう。長時間労働の是正に取り組むためには、まず問題の原因を明らかにした上で、適切な打ち手を積み重ねる必要がある。話題の本『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか』(中原淳+パーソル総合研究所著、光文社、2018年)の著者である中原淳教授に、残業や長時間労働の原因と解決アプローチなどについて聞いた。
――まず、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』という本が生まれた経緯について伺います。
私は人材開発や組織開発の研究者なので、厳密に言えば残業問題は専門外です。しかし、「自分がやらなければ」と思った理由が2つあります。1つは、働き方改革への取り組みによって、人材教育の予算や時間の縮小が懸念されること。もう1つは、「仕事術を高めて残業を減らそう」といった主張をよく聞くようになったことです。私は長く「職場」を単位にした人材開発研究をしてきました。この経験から長時間労働の問題を「個人の努力」で改善しようとする主張には「限界」を感じました。むしろ、さまざまな職場の弊害は「個人」ではなく「職場」の問題、ないしは「マネジメントの問題」として捉えていかなければならない。2000年代以降、有能な人に仕事が集中する傾向が顕著になり、いくら個人が頑張って仕事を早く終えても、上司がさらに別の仕事を振ってくる。では、どうすれば長時間労働の是正が可能なのか――。そこで本格的な調査・研究に取り組もうと、パーソル総合研究所さんと志を共にして、一緒に、2017年に「希望の残業学」プロジェクトを立ち上げたのです。
――では、プロジェクトから見えてきたことを中心にお聞きします。残業や長時間労働の原因は、どこにあるのでしょうか。
上司のマネジメントを含む職場要因、個人要因に大別することができます。先に個人要因から説明すると、大半を占めるのが「残業代のため」。給与制度の見直しによって解消可能な部分なので、個人にできることはほとんどないという言い方もできるでしょう。
――では、職場要因について詳しくお聞かせください。
まず、先に触れた「集中」です。これは上司の責任が大きい。上司とすれば、できる社員に仕事を任せればラクですし、チーム全体の育成を考えなくても済みます。また、少なくとも、短期的には問題なく現場を回すことができると思います。しかし、これでは、中長期的な成長は期待できないでしょう。次に、「感染」ですが、同調圧力と言い換えてもいいでしょう。職場のみんなが「帰りたい」と思っていても、誰もが言い出せずダラダラと残業してしまう。例えば、Aさんが「帰りたい」と思ったとしても、残業しているBさんとCさんが気になって、「お先に」とは言い出せない。でも、実は3人とも同じように帰りたいと思っているかもしれないのです。
出所:「パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査」
出所:「パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査」
「人材」がボトルネック、事業継続にも懸念
続きを読む――先ほど「集中」と「感染」について伺いましたが、そのほかにはどのような職場要因がありますか。
まず「麻痺」です。つまり、残業によって幸福感が増すこと。長時間仕事をしていると「上司から信頼されて仕事を任されている」、「自分は有能だ」と感じられ、ポジティブな受け止め方をすることがあります。
出所:「パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査」
もう1つは「遺伝」で、上司の以前の働き方が下の世代に継承されること。上司は「オレの時代には、これでうまくいった」と思っているので、悪気なく自分のワークスタイルを部下に押し付けてしまいがちです。
出所:「パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査」
――上司のマネジメントに課題がありそうですね。
現場においては、特に課長クラスの影響が大きい。管理職層のマネジメント能力向上は、働き方改革を進める上で避けて通れない課題だと思います。
――社長などの経営層は、管理職層の育成を切実なものとして意識しているのでしょうか。
経営者によりますが、総じていえば、強く意識しているとは言えないでしょう。多くの経営者は若手育成に一定の関心を示しますが、部課長クラスについては「すでに育っている人」と認識しています。経営者が「事業を回すこと」だけに集中して、現場のことは部課長たちに任せきりというケースは少なくありません。
――長期的に事業を回すためにも、働き方改革が重要だと思うのですが。
その通りです。今、多くの企業が人手不足や採用難に苦しんでいます。人材を確保し、長く働いてもらうような職場環境づくりは、経営の最優先事項といっても過言ではありません。そこで鍵となるのが、長時間労働の是正です。現状のままでは、人材がボトルネックになって事業継続できないという事態さえ考えられます。実際、人手不足倒産のようなケースが増えつつあります。
――働き方改革、長時間労働の是正に向けて、どのようなアプローチが求められるでしょうか。
「見える化」が出発点です。労働時間や社員満足度などについて調査し、実態を把握することで、経営者の予想とは異なる現実が明らかになることがよくあります。例えば、全体の平均値はさほどではないとしても、若手の残業時間が異常に長いとか、若手と中堅層の意識ギャップが大きいとか。そうした現実をベースに社内で議論を重ね、改革が本当に必要かどうかを判断する。必要と判断すれば、経営者は腹をくくって実行しなければなりません。
出所:「パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査」
――実行フェーズとしては、具体的にどのような行動が求められますか。
経営者のコミットメントは不可欠。「このままでは事業を継続できない」といった危機意識を含めて、経営者が改革の必要性を「自分の言葉」で「経営課題」として社内に伝えることが重要です。「人事のブーム」だからやるのではない、「経営課題」だからやるのです。また、残業代については社員に還元すべきです。単に「残業を減らす」というだけでは、多くの社員は「社長が残業代をケチっている」と受け止めてしまうでしょう。これでは、実のある改革はできません。
――夕方になると、パソコンを強制的にシャットダウンするといった施策を講じている企業もあります。
そうした外科手術的なアプローチは、必要だと思います。開始当初1カ月程度は痛みを伴いますが、それを乗り越えれば、効果を実感する社員が増えて改革に定着しやすくなります。また、不要な業務の洗い出しも必要です。例えば、以前は2人1組で行っていた点検業務を1人でやるようにする。慣行というだけで続けてきたけれど、よくよく考えると不要だったという業務は意外に多いものです。
――働き方改革を進める上でICTの役割は大きいと思います。ICTを有効活用するためのポイントについてお聞きします。
ICTによる情報共有は重要です。知識やノウハウの属人化によって業務が滞れば、結果として残業も増えてしまうでしょう。ときどき見かけるのは、勤怠管理システムのような仕組みを導入してデータを集めるだけで満足してしまうケース。データを使って「見える化」するだけでなく、他部門や前年実績などとの比較・分析を行い、解釈を加えて施策につなげることで、初めて改革を進めることができる。ICTを導入する際には、それをどのような行動につなげるのかという道筋を描くことが重要だと思います。
「残業ゼロ」ながら19期連続増収増益を達成した吉越浩一郎・トリンプ・インターナショナル・ジャパン元社長の施策の1つに、「がんばるタイム」があります。これは、毎日2時間(12時30分~14時30分)は自分の仕事だけに集中するという制度です。この間、電話やメールは対応せず、会話や立ち歩きも禁止です。
これによって、それぞれ作業を中断させられることがなくなるため、生産性が高まります。しかし、効果はそれだけではありません。毎日2時間は社内の会議や取引先との打ち合わせができなくなることによって、現場は午前中に連絡を取り合っておくなど、計画的に業務を進めるようになるのです。ダラダラと仕事しなくなるので、残業を減らす結果につながるというわけです。
こうした制度を定着させるうえでは、ICTが重要になってきます。例えば、営業担当者が外回り中である、課長が出張中であるなどの理由で全員が会社にいる時間が合わず、なかなか会議の時間を設定できないという問題があります。「がんばるタイム」のような制度を導入すれば、時間はさらに限られてきます。
それに対し、社内外どこからでも書類データにアクセスできるオンラインストレージや、出先からでも参加できるテレビ会議システムなどの環境があれば全員が参加しやすくなるので、会議を設定できる時間が増えます。
中原淳・立教大学経営学部教授が指摘するように、経営者が「残業を減らす」と口にするだけでは、働き方改革は実現できません。働く環境をどう整えていくかといった具体的な施策を打ち出すことこそ、経営者に求められています。
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