日経BP総研 中堅・中小企業ラボpresents 経営力向上ラボ INTERVIEW 07 日経BP総研 中堅・中小企業ラボpresents 経営力向上ラボ INTERVIEW 07

人材とICT活用が成長の原動力
常に新しいことに
“挑み”
9年で東証1部上場に

ITで企業を成長させた経営者に聞くシリーズ。今回は、失意の底での創業からわずか9年で東証1部企業をつくり上げたIDOMの羽鳥兼市名誉会長が登場する。聞き手は元メジャーリーガーの斎藤隆さん。IDOMは前身のガリバーインターナショナル時代の2007年、プロ野球オールスターゲームの冠スポンサーを務めているが、斎藤さんはその年、メジャーリーグのオールスターゲームに出場していた。

  • 斎藤
  • 斎藤(以下斎)2016年に、社名をそれまでのガリバーインターナショナルからIDOMに改め、今は国内に約500店舗を展開するまでになっていますが、もともとは、中古車販売会社の車を買い取る部門を独立させて創業されているのですよね。羽鳥会長が最初に買い取って、最初に売った車は何でしたか?

  • 羽鳥
  • 羽鳥(以下羽)真っ赤なルノーの車です。ただし、創業のずっと前、郷里の福島県須賀川市で高校1年生だった頃ですね。

  • 高校1年生?

  • 毎日、学校へ行く途中に通りかかる農家の納屋に、ルノーが1台、ほこりだらけの状態で置かれていたんです。なんであんなにいい車がほこりだらけなのかなとずっと疑問だったのですが、何カ月たってもそのままなので、譲ってもらえないかなと思って、学校の帰りにその農家に寄ってみたんです。当時は、16歳で免許が取れたんですよ。

  • 農家の人は何と言いましたか?

  • 「これは東京に行っている息子のものだから売れない」と言われました。よし、これでゲームスタートだなと思いました。

  • ん? 断られたら、ゲームエンドじゃないんですか?

  • いいえ、スタートですよ。最初に断られているのですから、それ以上、負けることはありません。ここからどうするかなんですよ。ただ、そこで引き下がったら全部終わりですけどね。

  • ということはそのとき、そのルノーが手に入ると思ったのですか?

  • そうです。それで、毎日そこのおやじさんのところへ通いました。学校の帰り道ですからね。そうしたらあるとき「息子に聞いてみたら、手放してもいいと言っている」というんです。金額は、当時のお金で3万円です。会社勤めの月給が7000~8000円の時代の3万円なので高額ですが、小遣いをためていたのでなんとかなりました。

     ようやく手にしたルノーは、きれいに磨いて、理髪店だった自宅の前に置いておきました。学校から帰っては眺めて、磨いてね。そうしたらあるとき、お医者さんのお嬢さんが一人で訪ねてきて「この車を売ってほしい」と言うんです。

  • 理髪店に車を買いに来た人がいたのですね。

  • でも、売り物ではありませんから断ると、どうしても売ってほしい、30万円出す、と言うのです。

  • 3万円で買った車を?

  • そうです。ですから30万円で売ったらもうけすぎでしょう。申し訳ないので3万円引いて、27万円で売りました。これが最初の出張買い取り販売です(笑)。

  • 羽鳥兼市のプロフィール画像
  • 羽鳥兼市
    はとり・けんいち

    IDOM名誉会長。1940年生まれ、福島県出身。59年に福島県立須賀川高等学校を卒業後、76年に東京マイカー販売を設立。94年に同社の買い取り部門として福島県郡山市にガリバーインターナショナル(現・IDOM)を設立し、2000年に東証2部上場、03年に東証1部上場指定替えに導く。

父から教え込まれた
商売の道

  • すごい話ですね。こうした商売のセンスはどこで磨かれたのですか?

  • 父親から学んだのでしょうね。両親は理髪店をやっていたのですが、サービス過剰だと組合から指摘されていました。それで父は理髪店を母だけに任せて、再生タイヤ工場を始めたんです。この工場は大成功。今度は腹巻きや軍手を作る縫製工場を始めたら、これも大成功して、メッキ工場、建設会社、常に新しいことをやっていましたね。父は、私を商売人にしようと育てました。

     小中学生のときにも、東京へ仕入れに行くときには、学校を休ませて私を連れていくんですよ。先生には怒られましたが、私は東京に憧れていたし、田舎から出ていくと華やかで楽しくてしょうがない。商談にもついていって、話を聞き、やり方を見ていました。

  • 徹底的な英才教育ですね。

  • その父が、私が東京の大学に合格し、進学する段になったら、行くなと。東京へ行ってしまったら福島へ戻ってこないとも思ったのでしょう、「おまえ一人、大学に行ってもたいしたことはできない。これから4年間、本気でみっちり仕事を教えるから、その後で大学を出た優秀な人たちに力を借りるようにしろ」と言われて、納得。じっくり仕込まれて、24歳のときに1年間だけ東京の自動車販売会社に修業に出て、戻ってきました。すると、父は羽鳥自動車工業という社名で板金塗装の仕事も始めていました。

     車好きだったこともあって、その板金塗装の会社に入りました。ところが、全然、もうからない。理由は、下請けだったからでした。ディーラーから依頼された事故車などを修理していたので、利益がほとんど取れないのです。そこで、直接、お客様から仕事をもらうにはどうしたらいいかなと考えて、ああパトロールだなと思い付きました。

  • パトロール?

  • 朝5時に起きて、郡山から栃木県境まで行って、帰りは郡山を通過して福島市の手前まで行って。往復200キロです。

  • 200キロ走りながら、事故が起きていないかをチェックするわけですか?

  • そうです。その頃はまだ、事故車を田んぼや崖下から引き上げるクレーン車が世の中に少なかったのですが、修業から戻るときに7トンクレーンを買っていたのです。そこで事故車をクレーンで早く上げて、「保険の手続きもしますから、うちで修理しますか」と言うと、「お願いします」となるのです。

  • なるほど。ただ、200キロ走って探しても、事故車が見つからないこともありますよね。

  • なので、パトロールは効率が悪いんです。そこで、タクシーだなと気付きました。

  • タクシー?

  • タクシー会社と提携して、事故を見つけたら連絡してもらうことにしました。修理を請け負えたときにはその代金の10%をタクシー会社に支払うという条件で、いろいろなタクシー会社と提携しました。そうしたら、自分でパトロールする必要がなくなりました。

     そうして、7トンクレーンでは11トンダンプを引き上げられないので、今度は25トンクレーンを2台買う、などとしているうちに重機の数が増え、それを東北新幹線や東北自動車道の工事現場にチャーター貸しするようになり、東北最大の重機業者になっていました。この事業を、義理の兄を社長にし、私が専務に就任して羽鳥総業という会社にしたのは26歳のときです。

     ところが、あるとき、福島県内の重機屋から、東京へ引っ越すので重機を会社ごと買ってほしいという話が持ち込まれたんです。仕事はいくらでもあるので3億円で買うことにしました。引き渡しの前日、「明日、このクレーンはこの現場、あのクレーンはあの現場」と配置を決めて、23時ごろ帰宅したんですが、朝6時ごろに「専務、何もないです」と連絡があって。

  • 何もないって……。

  • 斎藤隆のプロフィール画像
  • 斎藤隆
    さいとう・たかし

    1970年仙台市生まれ。
    東北福祉大から92年に横浜大洋ホエールズ(当時)に入団。その後、2006年に米国に渡りドジャースとのマイナー契約から再スタートを切り、ついには一軍で抑えの切り札として活躍。その後、レッドソックスなどを渡り歩き、12年に帰国して楽天イーグルスに入った。日米通算で112勝139セーブを達成。15年に引退し、現在は経営を学びたいと、パドレスのアドバイザーなどを努めている。

まさかの展開で
会社は絶体絶命の危機に
羽鳥名誉会長は
いかに切り抜けるのでしょうか

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  • イメージ画像
  • 事務所は空っぽ。詐欺だったんです。すっからかんになって羽鳥総業は倒産。それで、手元に残った2万円でディーラーから1万円のカローラを2台仕入れて、羽鳥総業の看板を東京マイカー販売に掛け替えて、中古車販売業として再スタートを切りました。羽鳥総業の倒産はテレビやラジオ、新聞で報道されてしまったので、羽鳥という名前はもう使えないと思い、憧れの東京の名を付けたんです。

  • そのカローラは売れましたか?

  • 売れません。食っていかなくてはならないのに街を歩くのも恥ずかしい。そんな安っぽいプライドを抱えて、昔の知り合いに「カローラを買ってくれないか」と電話するのが精いっぱい。体よく断られてばかりで、悶々(もんもん)としていました。

     そうしたらあるとき、店の前にチンピラ風の男性がやってきたんです。そして私が誰かは気付かず、「ここの羽鳥の一家は夜逃げしたんだってな」と言ったのです。こんな事態に至ったのは自分のうかつさからだ。だが、こんなやつにこんなことを言われるのかと思うと、“遺伝子のスイッチ”が入ってしまったのです。夜逃げしたと噂されるほど恥ずかしいことはない。そう思って、以前からの取引先にカローラを売りに行きました。当てもないのに「3億円は5年で返す」と銀行に約束もしていましたから。

  • 3億円を5年でですか?

  • そうです。そこでトヨタのディーラーでパンフレットをもらって、車検も切れている、サビだらけのカローラを持ってもともとの取引先の社長のところへ行って「商品はこの前の前の型のカローラです、真っ赤に塗装します、いかがでしょう」と。

  • うーん。さすがにそのビジネスはなかなか厳しそうです。

  • ほとんどの人が、「今、車はあるから必要なときに声をかけるよ」と逃げるのですが、私は今、砂漠にいて、1滴の水が欲しいのだと頼み込みました。5年後、10年後に10リットル、20リットルの水をもらうより、今、1滴の水が欲しい。だからこれを45万円で買ってもらえないか、そうしてくれたら恩は一生忘れないと伝えました。

  • どうなりましたか?

  • それでもみんな渋りますよ。「真っ赤な車なんて乗れない」とね。でも、真っ赤という色は、まず相手に断らせるためのものなんです。

  • ゲームをスタートさせるため?

  • そうです。「じゃあ、真っ赤が嫌なら真っ黄色はどうですか」。もう、買う買わないではなくて、色の選別に話が進んでいます。

  • 本当だ、商談が進んでいる。

  • それで、塗装代が赤や黄色より高いシルバーメタリックで、価格は据え置きで45万円にしときますから、と(苦笑)。これで得た利益でまた仕入れて、売って、最初の1カ月で、銀行に1000万円返しました。

一生懸命なら
お客様が助けてくれる

  • すごいです。売った車はその後、大丈夫でしたか?

  • いやいや、クレームばかりです。だから真剣に、できることはすべて一生懸命対応します。そうしていると、買ってくれたお客様の中に、日曜は休みだから車を洗うのを手伝ってやるよとか、納車があるなら手伝うよと言ってくれる人が出てくるんです。

  • それはきっと、みなさんが羽鳥会長の一生懸命さを見ていたからでしょう。

  • 1977(昭和52)年は、たった1人で切り盛りしました。しかも、元日に休んだだけで、朝6時にはシャッターを開けて、午前1時まで営業していました。

     そうしたら、お客様だけでなく、ディーラーのセールス担当者の中にも、協力してくれる人が出てきました。そのディーラーが下取りした100万円、150万円するいい車を、2~3日、店先に置いてくれるのです。例えば、トヨタの車が置いてあると、それを欲しがっている人を知っている日産のセールス担当者が持っていって売ってくれる。こういった循環ができて、3年で3億円を返済し、展示場も3カ所、オープンしていました。無我夢中でした。

     ただ、仕事をして気付いたのですが、当時の中古車業界というのはダーティーな業界でもありました。メーターを戻したり、事故車をそうでないように偽ったり。ひどい業界だからこそ、なんとかしなくてはと思いました。それに、中古車市場というのは膨大なんです。今、日本では8000万台以上、世界では13億台以上の車が走っています。しかも、車は7~8年で乗り換えます。

  • 確かに、そう言われると大きな市場です。

  • この仕事を始めたばかりの頃は、自分の店では売らない中古車の買い取り専門店というのはありませんでした。そうした業界を変えるなら、川上、つまり、中古車の発生するところを押さえるべきだろうと、個人から買って、卸売りをしようと考え、日本流通という会社をつくりました。目指すは薄利多売。100万円で買った車も、1000万円で買った車も、1~2週間のうちに8万~10万円の利益を乗せて卸してしまう。

  • 1000万円で仕入れた車を1008万円で売って、利益は出るのですか?

  • 損はしません。金利で考えると、100万円の車も1000万円の車も1~2週間で現金化するので。

     ただ、“生モノ”の中古車を新鮮なうちに売却できる市場の取引量が少なかったので、日本流通は9年間休眠させ、オークション場が国内で130カ所を超えた頃に再始動しました。

人工衛星を使って
情報管理

  • このときはすでに、ガリバーインターナショナルは創業されていたのですか?

  • はい。1994年に創業しました。

  • このとき、社員数は何人ですか?

  • 私ともう1人です。恥ずかしげもなくインターナショナルと名付けたのは、中古車の世界のダーティーなイメージをクリーンに変えたいと思ったからです。

     再始動時には、自動査定システムを導入しています。取引のデータを集めておいて、車種、年式、走行距離、評価点がどの程度の車なら、どのオークション場に出せばいくらで売れるかを算出できるようになり、誤差は1000円も出ないほどでした。それから、1996年には人工衛星を使ったシステムの研究を始めています。それが今のドルフィネットという、オークションで販売する前の中古車を個人の方に売るための販売システムです。

  • なぜそうしたシステムを作ろうと思われたのですか?

  • 当時はオークション会場の開催は、週に1度程度なので、数日間は在庫となってしまいます。その在庫期間をさらに縮めるために人工衛星を使った世界初の「仮想販売展示場」をつくったのです。

  • 1996年というと、携帯電話の普及率はまだ2割以下。当然、スマホもありませんし、Wi-Fiの電波も飛んでいません。その時代に、遠くにある車が見られるというのは画期的ですね。

  • 試しに、広島にあるガソリンスタンドの休憩室にデスクを1つ借りて、そこにパソコンを持った社員を送り込み、「30台売れるまで本社に戻ってくるな」と言いました。

  • 通常、中古車はどれくらいのペースで売れるものですか?

  • 平均ですと、1カ月で3~4台です。

  • では、1年近くかかってしまいますね。

  • ところが彼は、50日間で30台売って帰ってきたのです。ガソリンスタンドで洗車やオイル交換を手伝っている間に、お客様と「何月に車検が切れるようですが、乗り換えませんか」と話をして、自動車の営業経験のなかった彼が1人で30台売ったのです。

     これはと思って、東京マイカー販売のトップセールスマンに、今度は福岡で試してもらったら、彼は25日間で50台売りました。

  • 素晴らしいですね。では、全社に導入したら、売り上げはかなり伸びたのではないですか?

  • それが、最初は全然、売れませんでした。

  • なぜですか?

  • 社員がシステムを信用していなかったからです。新車なら現車がその場になくても、パンフレットだけで売れますが、中古車は当時は現車を見て買う時代でした。映像を見せたところで、売れるはずがないと思い込んでいたからです。

  • なるほど、それまでの常識で判断すると、使っても意味のないシステムに感じられていたのですね。

  • そういう具合なので、すでに全国に広がっていた店舗から登録される写真が雑で、ボンネットに雪が積もった状態の画像を登録するようなありさまです。しっかり登録するように言ってもほとんど登録しない、登録しないから売れない、そういう悪循環に陥りました。

     なので、これは登録したいという気持ちにさせるしかないなと思いまして、登録台数の多い店舗、上位6割ほどをラスベガスに招待することにしました。

ICT活用は
若い人と
プロに任せる

  • さすがですね。どんなに素晴らしいシステムを導入しても、誰も使わなければ意味がないですし、ではみんなに使わせるのは誰かというと、リーダーなんですね。ただ、こういうことをお伺いしていいのか分かりませんが、羽鳥会長はICTに詳しいのですか?

  • いや~。こういうのは、若い人、プロに任せるしかないと思っています。私は、システム開発の軸になるコンセプトを明確に伝え、費用対効果を見極めれば、あとはもう任せます。

  • 完全にですか? つい、大丈夫かと口を出したくなりませんか?

  • でも、それだと成功しちゃうかもしれないでしょう。

  • 成功しちゃう? 失敗しちゃう、ではなくて?

  • 失敗すれば、成長します。会社が潰れない程度の失敗なら、した方がいいのです。私は今、会議には出席していません。出るといろいろと言いたくなってしまうからです。だから言わないように、出ない。それで失敗しても、成長すればいい。会社なんていうのは、人間という中身がいなければただの箱ですから、一番貴重なのは人間です。その人間がいかにいろいろな失敗をしながら、成長していくかが大事だと思っています。私も、あの倒産があったから“スイッチ”が入って、今に至っているのだと思っています。以前は、失敗大賞というものもありました。

  • えっ、失敗大賞?!

  • 大きな失敗をして、その失敗をもとに改善し、いいものをつくった人に賞金を用意していました。本田宗一郎さんは常識にとらわれていると大きな発明や発見はできないと言われたそうですが、まさにその通りで、非常識な発想を持たないとダメなんでしょう。気付くと、この会社も非常識なことばかりやってきました。

  • 最近は、自動車業界にもICTの波が押し寄せています。IDOMは2017年に「攻めのIT経営銘柄2017」(経済産業省、東京証券取引所)に選ばれています。本社と全国500店舗の連絡にSNSを導入したり、営業の従業員のロールプレーイングに動画を使ったりするなど、この業界では最先端を走り続けていますね。今では、買い取りの相談がスマホやパソコンからチャットでできるそうですね。

  • ええ。自動車メーカーでなくても自動車にかかわる新しいビジネスができる時代ですから、面白いですよね。これからもいろいろなことに、失敗を繰り返しながら挑戦していきますよ。そうした挑戦をするのには、中古車業界だけを知っている人だけではアイデアに限界があると思っています。

     うちの社内の様子もすっかり変わりました。ICT関係の会社からの中途採用を増やしているので、Tシャツ姿で歩いている人が目立ちます。そういう人材が、もっと新しいことに挑戦する会社にしてくれるでしょう。

     今、若い人の車離れということが言われますが、そんなのとんでもないことですよ。若い人は、お金の心配さえなければ、8割以上が車を欲しがっているという調査結果があるのです。

     私自身は、3年半ほど電気自動車のテスラに乗っているのですが、いい車ですし、維持費は電気なので安い。東京から大阪の約500キロでは、1693円で済みます。

  • そんなに安いんですか? 飛行機や新幹線で移動するよりはるかに安いですね。

  • 技術が進歩すればバッテリーのレベルはどんどん上がりますから、もっと安くなりますよ。そういう時代になれば、車を持たないと損ですよね。そして、ますますICTが必要になるんです。

  • そのような時代の到来を見据えて、社名を変えられたのですか?

  • 創業当時からの「挑み続ける」というスピリッツを社員に根付かせ、世界に発信していきたいという思いが込められています。

  • ありがとうございました。

構成:片瀬京子、写真:菊池一郎

中小企業研究所長 イトー所長の眼

個人売買、シェアリング、
アフリカ……
成長のタネを見つけて挑む

 IDOMは、もはや中古車を買い取るだけの会社ではありません。例えば、毎月定額を払えばいろいろな車に乗ることができるサービスや、個人間の中古車売買を仲立ちするビジネスにも乗り出しています。また、珍しいところでは、アフリカでカーシェアリングの運転手に車を提供することも。どのくらいの距離を運転して、顧客からどんな評価を得ているかを基に車を提供し、売り上げの中から後払いで回収するという仕組みなのです。今まで、借金をして車を買っていた運転手からすれば、非常にありがたい存在でしょう。

 地域で見ればアフリカは今後成長が期待される地域です。そして、シェアリングも新しい事業の進め方として注目が集まっています。定額制、個人売買はともに他の業種では急成長しているモデルです。こうした新しい事業のタネを巧みに見つけて、取り込み、挑戦してみる。失敗したら傷が大きくなる前に路線変更したり、撤退したりする。挑む姿勢と、こうした柔軟さがIDOMの強さにつながっているのでしょう。様々な業界で環境変化が急激に進む中、新規事業を生み出すには、自社の業界のみならず他業界の動きからヒントを得ることも必要になります。

伊藤暢人のプロフィール画像

伊藤暢人
いとう・ながと

日経BP総研
中堅・中小企業ラボ 所長

広島県出身。1990年に東京外国語大学を卒業し日経BP社に入社。新媒体開発、日経ビジネス、ロンドン支局などを経て、日経トップリーダー編集長に。2017年、中堅・中小企業ラボの設立に携わり所長に就任した。幅広い業界の中小企業経営に詳しく、経済産業省や東京都などが主催する賞の審査員を歴任。

ラボ概要

2017年4月に本格的に稼働した「日経BP総研 中小企業経営研究所」は18年4月に「日経BP総研 中堅・中小企業ラボ」と所名を変更し、中堅・中小企業の成長と経営健全化を支援するために活動を進化させています。これまで培ってきた経営・技術・生活分野での見識を活かし、情報発信や調査、教育、コンサルティングなど様々な形でサポートします。

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