日経BP総研 中堅・中小企業経営センターpresents 経営力向上ラボ HISTORY 04 日経BP総研 中堅・中小企業経営センターpresents 経営力向上ラボ HISTORY 04

お堀の役割を軽んじて負けた秀頼
大坂の陣
(豊臣家の失敗)

「歴史の失敗学」では、人気歴史作家・加来耕三氏が、高度 ICT 時代に中小企業経営で失敗しないための教訓を、歴史の断片を切り取って書き下ろします。今回は、現代なら企業のオフィスインフラとなぞらえられる「城」の価値を軽んじ、またリーダーシップを発揮することもなく、豊臣家を滅亡させてしまった豊臣秀頼の失敗を取り上げます。

企業経営をインフラとして支えるオフィスは、従業員や顧客に対して、高い効率性や利便性、存在感が求められます。セキュリティ面の堅牢さも必要です。大坂城は豊臣家にとって、まさに最後の砦でした。今回、加来耕三氏も、大坂城の設計思想がしっかりと伝えられていれば、歴史は変わったのではないか、とつづります。

中堅・中小企業ラボの伊藤所長からも、今回のストーリーから何を見いだすべきか、そのヒントを提示します。

  • 加来耕三のプロフィール画像
  • 加来耕三
    かく・こうぞう

    1958年大阪市生まれ。奈良大学卒。歴史家・作家。『英雄たちの選択』『その時歴史が動いた』(いずれもNHK)、『世紀のワイドショー! ザ・今夜はヒストリー』(TBS)などに出演。著書に『謀略! 大阪城ーーなぜ、難攻不落の巨城は敗れたのか』(さくら舎)、『徳川三代記』(ポプラ社)など多数。

大坂方が勝っていた冬の陣

  •  御所柿(家康の天下)はひとり熟して落ちにけり
     木の下にいて拾う秀頼
  •  慶長16年(1611)、徳川家康がまだ二条城にいた頃、京都の町に書き捨てられた落首である。ときに家康の齢は70歳、豊臣秀頼は19歳であった。
  •  関ヶ原の戦いで勝利して以来、豊臣恩顧の諸大名が漸次、徳川家の方へ出仕、方向転換しつつある中、宥和策をもって秀頼を一大名に封じ込めようとした家康も、己れの老齢化に反して、秀頼が逞しく成人していくのを見るにつけーー熟柿は早々に、己れの手でしっかりとつみ取らねば、その甘美をあたら秀頼に拾われかねない、すなわち天下は確実にならないーーと、いい知れぬ不安と焦燥を募らせ、ついには実力をもって秀頼を屈服させようと画策するにいたった。
  •  慶長16年から同19年にかけて、豊臣譜代の有力大名・加藤清正、池田輝政、浅野幸長らが相次いで病没すると、時節到来とばかりに、家康は秀頼側への圧力を倍加。京都・東山の方広寺の鐘銘「国家安康君臣豊楽」に、言い掛かりをつけた家康は、慶長19年7月、急遽、同寺での法要中止を命じると、あわせて、鐘銘の釈明のために駿河(現・静岡県中部)へ出向いた秀頼方の片桐且元(かつもと)を介して、(1)大坂城を明け渡し、国替(くにがえ)を承服するか、(2)秀頼か淀殿に江戸参勤をさせるか、の二者択一を迫った。
  •  憤激した大坂方(とくに大野治長ら)は、且元を大坂城から追放し、開戦準備を始める。しかし、家康の対応は、より素早かった。同年10月には矢継ぎ早に軍令を発し、東海・中国・四国の大名たちには大坂の包囲を、東北大名には江戸に参会させる手筈を整えた。
     大坂方に、大名からの荷担は実現しなかったが、豊家(ほうけ)報恩のために馳せ参じた者は少なくなく、優れた武将を数多く召し抱えることに成功する。長宗我部盛親・後藤又兵衛・毛利勝永・明石全登(たけのり)・真田信繁(俗称・幸村)らである。
  •  10月23日、大坂城攻めの総大将・家康は麾下の軍勢を従えて京都に到着すると、前後して東軍の諸大名も続々と入京した。総勢は20万。家康は11月15日、二条城から出陣。摂津・住吉を経て、将軍秀忠と茶臼山で合流し、ここを本営と定めて布陣を完了する。11月19日、ついに攻城方と大坂方の本格的な合戦の火ぶたが切って落とされた。
  •  だが、さすがに天下人・豊臣秀吉が、天下の総力を傾注して築いた比類なき堅城である。とりわけ天下無敵と言われた、関東の北条氏の小田原城をモデルとした総堀(外堀)の威力は凄まじく、皆目、攻城方を寄せつけなかった。
     大坂城は10万の兵が10年籠っても戦えるように、設計されていた。
     唯一、力攻めに弱いと見なされた城の南東にも、真田信繁の守る真田丸が築かれ、12月4日、前田利常(金沢120万石)勢がここへ押し寄せたが、手痛い反撃にあい、攻城方は多数の死傷者を出している。
  •  同月16日、家康はかねて準備していた大筒で、一斉砲撃を開始させたが、大坂城を多少損傷することはあっても、落城させるまでにはいたらず、逆に、城内からの砲撃も激しく、将兵の損傷は寄せ手に多く出た。このあたりから、家康方に焦燥感がただよい始める。
     なにしろこの年の冬は殊の外、寒気が厳しかった。特に74歳の家康にとって、10月以来の出陣の月日は長く、寒気はその身に堪(こた)えたことであろう。
  •  家康は大坂城の難攻不落を、秀吉より聞かされていた。当初から講和にもっていく腹づもりであったが、大坂方はこの大切な“徹底籠城”の戦略を、秀吉亡きあと忘却してしまった。危機管理が徹底されていなかったのだ。
     家康は連日、大砲を撃ち込み、連夜、兵に大声を出させた。女・子供の恐怖心を募ったのだ。幸いにして砲弾の一発が、本丸に命中し(天守に当たったといわれる)、女城主・淀殿の侍女が死傷する事態となった。
  •  家康は大坂城内の内部情報にも精通していた。なにしろ大坂城には、織田有楽(うらく=信長の弟・長益)や織田常真(じょうしん=信長の次男・信雄)などの、スパイを多数飼っていた。城内の現状=情報漏えいが、すべてを決した。
     やがて極秘裏に、淀殿主導で和平会議が設けられ、大坂城は本丸のみの堀を残して、二ノ丸・三ノ丸の掘を破却することが、口頭で約束され、総堀が攻城方によって埋め立てられることとなる。二ノ丸、三ノ丸の堀は大坂方の担当であったが、家康は無視して堀を短期日に埋めつくしてしまった。

  • 【大坂の陣(豊臣家の失敗)】秀頼本陣
  • 大坂城で徳川軍の攻撃に備えるが良策なく焦りと緊張感が渦まく

敗因は秀頼の器量不足

  •  裸城同然となった大坂城に、もはや持久戦での勝ち目はなくなった。
     大坂城の堀の埋め立てが終わるや家康は、直ちに秀頼に大和(現・奈良県)か伊勢(現・三重県)への国替を伝えた。これに対して慶長20年(1615)3月、秀頼は使者を駿府に送り、家康に国替の中止を嘆願するが、そもそも承認するはずもなかった。
  •  そればかりか、拒否を口実に、再び諸大名に大坂出陣を命じると、またもや20万の大軍をもって、大坂城を包囲したのであった。いうところの、大坂夏の陣のはじまりである。
  •  5月5日、京・二条城を出陣すると、家康は大坂城の東北三里にある星田に本陣を構え、将軍秀忠も伏見城を出ると本陣近くに着陣した。
     徳川方は大軍を二手に分け、一軍は大和から河内(現・大阪府東南部)に入り、国分付近に布陣。家康・秀忠ら本軍は河内をすすみ、国分の東方、大坂城東南四里にある道明寺付近で、両軍が合流する作戦であった。
  •  堀を埋められた大坂城では、籠城の効果はなく防備すべき手だてはない。
     徳川勢の意図を読んでいた後藤又兵衛、木村重成、真田信繁らは、少数で大軍を迎え撃つため、大坂城を出て地の利を占めて戦う戦術をとる。
  •  6日、後藤又兵衛の一軍が徳川勢の攪乱を狙って、道明寺に討って出たものの、続いてやってくるはずの毛利勝永・真田信繁の一隊が、霧のため姿を見せず、毛利・真田隊が戦場に到着したのは、又兵衛らが討ち死にしたあとであった。ほぼ同時刻、道明寺の北方二里にある八尾・若江では、木村重成、長宗我部盛親の率いる約1万の軍勢が、徳川方の藤堂高虎・井伊直政らの軍勢と血戦を繰り広げていた。が、所詮は多勢に無勢。戦いに利あらずして重成が討ち死を遂げる。
     7日、家康は早朝に星田から枚岡に陣をすすめ、主戦場となる天王寺口は家康が、将軍秀忠は岡山口へ回る布陣を決定。この天王寺・岡山での戦いが、大坂夏の陣の最終決戦となる。真田・毛利勢は再三、家康の本陣に討ちかかり、勇名を馳せたがついに力尽きて敗死した。
  •  他方、大坂城内の秀頼はこの期に及んでも、一向に戦場に姿を見せなかった。これでは総帥としての、資質が問われるというもの。冬の陣における講和もそうだが、つまるところ秀頼は大将の器ではなく、豊臣家は滅亡する運命にあったとしか思えない。翌5月8日、大坂城は火焔に包まれて灰燼と化し、秀頼は山里曲輪の矢倉の中で、母の淀殿とともに23歳の生涯を閉じた。
     大坂城の設計思想が、城代をつとめ得る武将に伝えられ、遵守されていたならば、この天下の名城は落とされることなく、その後の歴史は大きく姿を変えたに違いない。

挿絵:中村麻美

中小企業研究所長 イトー所長の眼

守りを固めるには、
まず勘所を知ることから

大坂の冬の陣、そして夏の陣で豊臣側が敗れた背景には、「太閤さんのお城」とうたわれた大坂城の堅牢さを過信してしまったことがありました。秀頼には、秀吉のような組織をまとめるリーダーシップはなく、冬の陣での講和により、堀を埋めることにあっさり合意し、事実上、丸裸になってしまったのです。

すでに、城を設計した黒田孝高(官兵衛)の姿はなく、もちろん施主である豊臣秀吉も他界。徳川側の大砲による攻撃により城内は冷静さを失い、大坂城を支える本当の強みを理解せぬまま不利な講和条件をのんでしまったという訳です。

現代の中小企業経営において、社内にある情報をいかに守るかでも同じです。情報セキュリティ対策を行う際には、本当に重要な情報が何なのか、そしてそれがどこにしまってあるのかを経営者がきちんと理解していなければ、対策は役割を十分に果たせません。例えば、顧客関連の情報をデータの形で保存している会社は多いですが、そのデータを経理や営業、総務などでバラバラに管理しているので、万が一何かが起きれば、どこから漏えいするか分からない、という危険性もあるのです。

中小企業では、まず経営者が会社の実態をよく理解し、担当者と一緒にセキュリティ対策に本腰を入れていくことが必要になります。ただし、技術の変化は早く、社内の人材だけで対応するのは難しいという会社も多いでしょう。そんな場合には、知識やノウハウをもった外部の専門家に相談しながら仕組みを構築することも考えてみましょう。

伊藤暢人のプロフィール画像

伊藤暢人
いとう・ながと

日経BP総研
中堅・中小企業ラボ 所長

広島県出身。1990年に東京外国語大学を卒業し日経BP社に入社。新媒体開発、日経ビジネス、ロンドン支局などを経て、日経トップリーダー編集長に。2017年、中堅・中小企業ラボの設立に携わり所長に就任した。幅広い業界の中小企業経営に詳しく、経済産業省や東京都などが主催する賞の審査員を歴任。

ラボ概要

2017年4月に本格的に稼働した「日経BP総研 中小企業経営研究所」は18年4月に「日経BP総研 中堅・中小企業ラボ」と所名を変更し、中堅・中小企業の成長と経営健全化を支援するために活動を進化させています。これまで培ってきた経営・技術・生活分野での見識を活かし、情報発信や調査、教育、コンサルティングなど様々な形でサポートします。

中堅・中小企業の課題に、NTT東日本の関連サービス

オフィスのICT環境をまるごと任せて安心らくらく
まるらくオフィス

NTT東日本が御社の「ICT担当者になる」サービスです。
オフィスのICT環境を、NTT東日本のクラウドにまとめてお任せいただけます。

日経BP総研 中堅・中小企業経営センターpresents
経営力向上ラボ

TOPページへ戻る

経営力向上のヒント中小企業のためのICT活用論

記事一覧を見る

  • OPINION 17 自然災害に遭う前に対策を! 「パソコンではなくデータを守る」という考え方
  • OPINION 16 話題のビジネス書 著者に聞く 『入門 起業の科学』田所雅之氏 たった3つの取り組みで新規事業のリスクは減らせる
  • OPINION 15 マンガ「ラボボ社、テレワークでずっこける

諏訪貴子社長が直撃取材働き方改革と働きがい革新の最先端

記事一覧を見る

  • INTERVIEW 05 13社を束ねる持ち株会社で中小製造業の成長モデルをつくる
  • INTERVIEW 04 現場とオフィスの“NC化”で会社を10倍に成長
  • INTERVIEW 03 破綻寸前だったチームが 観客動員数リーグトップを達成

元大リーガー 斎藤 隆氏が迫る“社員力”で勝ち抜く経営のヒント

記事一覧を見る

  • INTERVIEW 11 作り手の思いを乗せて、「日本のいいもの」を世界に発信
  • INTERVIEW 10 忙しい店で働きがいを支えるICT
  • INTERVIEW 09 仮説を立てる「情報編集力」育成が大切に

歴史家 加来 耕三氏が紐解く歴史の失敗学

記事一覧を見る

  • HISTORY 13 徳川家康、三方ヶ原の大敗北
  • HISTORY 12 自ら命を絶った千利休
  • HISTORY 11 勇ましさに流された長岡藩

ホンネ座談会「働き方改革」を流行語で
終わらせない

  • SYMPOSIUM 「働き方改革」を流行語で終わらせない

中堅・中小企業の課題に、
NTT東日本のICTソリューション。

オンラインセミナーで学ぶ

【新講座続々!】 豊富なオンラインセミナーで、
自席に居ながらICT活用について学ぶ

オンラインセミナー

導入事例

様々な事例から課題解決ストーリーをご紹介

導入事例

まずは、情報セキュリティ対策。

迫り来る脅威に対策を!

情報セキュリティ
トータルサポート

メールマガジンで情報力を高める
【Biz Drive】

NTT 東日本が運営するBiz Drive(ビズドライブ)は、皆さまのビジネスを加速し、
快適なスピードで経営を続けていくための、ICT(情報通信技術)を活用した情報をお届けするサイトです。

Biz Drive(ビズドライブ)

働く人に、ICTのチカラを。

NTT 東日本は、「情報セキュリティ強化」「業務効率化」「顧客満足度向上」「事業継続」「コスト見直し」などさまざまな分野で企業の課題解決のサポートをいたします。まずはお気軽にご相談・お問い合わせください。

表示価格は、特に記載がある場合を除きすべて税抜です。

ページ上部へ戻る