日経BP総研 中堅・中小企業経営センターpresents 経営力向上ラボ HISTORY 01 日経BP総研 中堅・中小企業経営センターpresents 経営力向上ラボ HISTORY 01

セキュリティを怠ることの恐怖
薩長同盟に
逆転を許した
徳川慶喜

「歴史の失敗学」では、高度 ICT 時代の中小企業経営を失敗しないための教訓となる歴史の一片を、人気歴史作家・加来耕三氏が書き下ろします。今回は、情報セキュリティの大切さを幕末の薩長同盟と徳川慶喜との戦いの真実(慶喜を主人公に、彼の失敗としての視点)から、明らかにします。

今回のストーリーにある薩長の慶喜に対して次々に繰り出される“奇計”は、現在の情報セキュリティの観点から見ると、一見対処のしようがないコンピューターウイルス、あるいは悪意のある情報システムへの侵入かのようです。当時、まだ絶大な勢力を持っていた徳川側が、奇計による攻撃を次々に受けて、滅亡に追い込まれていくさまは、セキュリティを怠ることの恐怖を感じざるを得ません。慶喜はどうするべきだったのでしょうか。

中堅・中小企業ラボの伊藤所長からも、今回のストーリーから何を見いだすべきか、そのヒントをご提示します。

  • 加来耕三のプロフィール画像
  • 加来耕三
    かく・こうぞう

    1958年大阪市生まれ。奈良大学卒。歴史家・作家。『英雄たちの選択』『その時歴史が動いた』(いずれもNHK)、『世紀のワイドショー! ザ・今夜はヒストリー』(TBS)などに出演。著書に『加来耕三の戦国武将ここ一番の決断』(滋慶出版/つちや書店)、『徳川三代記』(ポプラ社)など多数。

追い詰められていたのは
薩長だった

  •  歴史の真相は本来、結果だけでは窺(うかが)いしれないものである。常に、局面ごとに、立ち止まって考察してみなければ、真実は見えてこない。
  •  たとえば、慶応3年(1867)10月14日、15代将軍・徳川慶喜は“大政奉還”に打って出た。まさか、の決断であった。
  •  国政を担当していた「幕府」=征夷大将軍を、朝廷に返上するというのだ。このとき、京都を治めていたのは“一会桑”といわれた、将軍後見役(後に禁裏御守衛総督)の一橋時代から、慶喜を支えてきた京都守護職を務める会津藩主・松平容保(かたもり)、それに歩調を合わせてきた京都所司代の桑名藩主・松平定敬(さだあき)であったが、なぜ、容保や定敬は慶喜を止めなかったのだろうか。
  •  このとき、幕府は上方に1万6000の兵力を持っていた。彼らはどうして、将軍の“大政奉還”を力づくで阻止しなかったのだろうか。幕府がなくなってしまうというのに?!
     同じことは、江戸の留守幕閣にもいえた。
  •  反対してしかるべき大勢力が、慶喜の決断を肯定したのは、この一挙によってすべてが失われることはなく、むしろ政局が好転するとの判断があったからだ。
  •  これまで薩長2藩を中心に、討幕派を勢いづかせてきたのは、徳川家が国政を担当していたからだ。「征夷大将軍」といいながら、夷狄(いてき)を打ち払うどころか、欧米列強に対しては散々、弱腰外交を展開してきた。そのことへの不平・不満が世に充満していたといえる。
  •  そこで、将軍慶喜は考えた。幕府をやめる、といって10万石しかない朝廷(薩長を加えても120万石程度)に、何ができるというのか。幕府をやめても徳川家の実力は変わらず、400万石であった。加えて、東日本のことごとくは、徳川家支持である。
  •  もし、新しい国家を創始する議会が朝廷で開かれても、圧倒的多数で慶喜が中心人物に選出されることは、火を見るより明らかであった。現に“大政奉還”を願い出た慶喜に、朝廷は受理しつつも、議会召集まではこれまで通りで頼む、と泣きつくありさま。
  • 「薩長に勝った」
     と慶喜は内心、ほくそ笑んでいたであろう。
  •  事実、追いつめられていたのは薩長討幕派の面々ーー西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(前名・桂小五郎)たちであった。
     事実は小説より奇なりーー結果からのぞく歴史では、皆目、語られていないが、彼らはこの時期、切腹寸前まで追いつめられていたのである。
  •  とくに薩摩藩の場合、10月に入っても討幕に反対する勢力は、藩全体の8割を超えていた。これまでも多くの軍資金を使い、積み立ててきた金庫を空にして、なぜ、薩摩だけが突出しなければならないのか。
     長州は禁門の変で御所へ発砲して以来、“朝敵”“国賊”の扱いとなっていた。
     つまり、京へ入る資格がなかったのである。
     だからこそ、薩長同盟はくり返し、長州藩の名誉回復をうたっていたのだが、もし京洛で戦(いくさ)となった場合、薩摩藩は1藩で“一会桑”及び幕府軍と戦わねばならなかった。
  • 「長州の二の舞はご免じゃ」
     薩摩藩の事実上のトップである“国父”(藩主・忠義の実父)島津久光は、息子の久治(忠義の弟)に言われて、反論ができなかった。  
     ここで“討幕の密勅”という、正規ではない勅命を工作(後に偽勅と認定)して、大義名分を得ようとしたのだが、わずかなタイミングの差で密勅は遅れてしまう。

  • 【薩長同盟に逆転を許した徳川慶喜】大政奉還
  • 慶喜は、幕府をやめても徳川家の実力を発揮できると読んだ

「予測」と「対処」を
怠った慶喜

  •  慶喜は新政府の議会が開催されるのを、ただ、待っているだけでよかった。が、ここで彼は、己れの安堵感から大いなる失策を犯してしまう。追いつめられた薩長討幕派が、死に物狂いで“奇計”を用いてくることを、予測、対処することを怠ってしまった。
  •  無論、慶喜は多忙である。彼に代わって江戸市中、京洛を見渡すことのできる人物、役職を設けるべきであった。とりわけ目の届かない江戸については強力な指揮権を与えた、それこそ将軍補佐役か「政事総裁職」を定めるべきであったろう。
  •  11月15日、坂本龍馬が暗殺され、“大政奉還”は平和裡に議会へ移行すると、誰もが思った。
     12月9日、王政復古の大号令が発せられ、慶喜の辞官納地がクーデターのなかで決められても、彼の存在感は揺るぎもしていない。
     朝廷の中からも、それに同調する動きが出始める。慶喜は余裕をもって12月16日、会津・桑名も引き連れた大坂城において、各国公使を引見し、自分が日本国の主催者であることを、はっきりと宣言している。すべて私が取り仕切る、と慶喜はいったのだ。
  • 「追々全国之衆論ヲ以テ、我ガ国ノ政体ヲ定メルマデハーー」
     完全に彼は勝っていた、ここまでは……。
  •  ところが、窮鼠猫を噛むのたとえ、討幕派は“奇計”を遠く離れた江戸で展開した。
     三田の薩摩藩邸に浪人を多数かかえ、江戸から関東一圏へ、徳川家を挑発する行為を連発したのである。
  •  御用金を出せ、と商家に押し込み、婦女子を乱暴し、辻斬りを毎夜のように働く。そして決まって、最後には、
    「文句があるなら、三田の薩摩屋敷へ来い」
     とやった。
  •  このおり江戸の治安は、京都の新撰組と分かれて誕生した新徴組(庄内藩お預り)が担当していたが、彼らは懸命に自分たちの暴発を抑え、江戸中に出没する“御用盗”と対決したが、相手は神出鬼没で埒が明かない。
     それでも根源である三田薩摩藩邸には、手を出さずに忍耐したのだが、“御用盗”は必死である。ついに新徴組の屯所に銃弾を撃ち込んだ。これを無視すれば、武士の面目が丸つぶれとなる。
  •  新徴組は幕府の許可を得て、庄内藩に加え、上山(かみのやま)藩、鯖江藩、岩槻藩の3藩と、庄内藩の支藩である出羽松山藩など総勢約1000の兵力をもって薩摩藩邸を焼き打ちにした。
  •  この戦勝の報せが、恐るべきスピードで上方へ届けられる。大坂城でも、薩摩藩の挑発に腸(はらわた)の煮える会津、桑名、旧幕府軍は大勢を占めていた。
     彼らは待つことの真逆、即時開戦を主張して慶喜に迫った。
     慶喜は江戸での防衛、危機に関する処置を怠っていたのに加え、数の多少で敵の戦略・戦術も深く考えず、開戦を決意してしまう。
  •  局面を逆転するためなら、何でもする討幕派に対して、和戦両構えという中途半端な覚悟で京を目指した旧幕府軍は、鳥羽と伏見の両街道で戦端を開いた。
     当然のごとく薩摩側は、いきなり旧幕府軍に撃ちかかる。
    「このおりの一発の砲声ほど、うれしかったものはなかった」
     と、のちに西郷も述懐している。
  •  慶喜は、さらなる情報管理をもしくじった。敵の次の手についての、配慮がなされていなかった。
  •  兵数で押し返そうとした旧幕府が一気に崩れたのは、薩長側に錦の御旗が翻ったことによる。
     考えてみれば、敵も味方も、誰も本物の錦旗を見たことがなかったにもかかわらず、旧幕府の首脳は、わが身が国賊になることを恐れて、一目散に大坂城へ敗走した。敵側に一部討幕派による錦旗が揚がる想定が、なぜ、慶喜にはなかったのであうか?(注:この時の錦の御旗は本物だったかどうかは現在でも議論が続いている)
  •  大坂城で態勢を改めるべきを、主将の慶喜は、そのまま江戸へ逃げ帰る道を選択。すべての優位性を自ら放棄し、勝海舟に委任した江戸無血開城を挟んで、一気に「明治」を迎えることとなる。
  •  もし、あの時、慶喜に薩摩側の仕掛け、作戦に対する危機管理ができていたならば、日本はまったく違う“ご一新”を迎えたに相違ない。慶喜にとっては、実に、残念なことではないか。

挿絵:中村麻美

中小企業研究所長 イトー所長の眼

「大丈夫」という慢心こそが
隙を生む

260年あまりにわたり日本を統治してきた江戸幕府が、アッという間に崩れていく。明治維新の陰には、「絶対に大丈夫」という過信が、隙を生むという危険性を示唆しています。関所、五人組など様々な形で統治の仕組みを作り、人の動きや情報を細かにコントロールしてきた江戸幕府でしたが、時代が変わる中で、"御用盗"という新しいタイプの攻撃に対して大きな流れの中で対応策を考えることができるプロがおらず、結果的には倒幕派の術中にはまり込んでしまいます。

そして開戦後には、当時、誰も目にしたことがなかった"錦の御旗"に翻弄され、撤退を強いられます。寄せ集め部隊だった幕府側に、情報管理についてのプロがいれば、また異なる展開になったことでしょう。

ここから現代の企業におけるセキュリティ体制構築に生かすべき教訓は何でしょうか。まず、次々と新しいウイルスが登場する中で、自社のセキュリティ体制を見直すことです。「絶対に大丈夫」という過信が実は危ないのです。

中小企業でありがちなのは、「よく分からないけど大丈夫だろう」というパターンです。また、複数のパソコンをバラバラに購入しているので、それぞれで対応を図り全体としてのセキュリティ戦略が不在になってしまうこともあります。忙しい上に、専門家が社内にいるわけでもないので、後回しになってしまうのです。その間に、ウイルスの攻撃を受けてしまえば、顧客情報や開発情報などが漏洩するリスクもあるのです。情報漏洩は場合によっては会社の存続にかかわるような問題になりかねません。社内で十分に対応できないのであれば、外部の専門家に任せるという方法もあります。会社全体を俯瞰した対策づくりから、不正なアプローチを検出して遮断し、ウイルスの駆除や復旧の支援までを外部のプロに一括で任せることも可能です。

伊藤暢人のプロフィール画像

伊藤暢人
いとう・ながと

日経BP総研
中堅・中小企業ラボ 所長

広島県出身。1990年に東京外国語大学を卒業し日経BP社に入社。新媒体開発、日経ビジネス、ロンドン支局などを経て、日経トップリーダー編集長に。2017年、中堅・中小企業ラボの設立に携わり所長に就任した。幅広い業界の中小企業経営に詳しく、経済産業省や東京都などが主催する賞の審査員を歴任。

ラボ概要

2017年4月に本格的に稼働した「日経BP総研 中小企業経営研究所」は18年4月に「日経BP総研 中堅・中小企業ラボ」と所名を変更し、中堅・中小企業の成長と経営健全化を支援するために活動を進化させています。これまで培ってきた経営・技術・生活分野での見識を活かし、情報発信や調査、教育、コンサルティングなど様々な形でサポートします。

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